決して意見を曲げないコウモリ~長いものにはまかれとけ~

藻野菜

コウモリ野郎

 むかーしむかし、ケモノの一族とトリの一族どちらが強いかを決めるために戦争

が起こっていた。

 ケモノ軍の数、総勢50万匹。トリ軍の数、総勢50万匹。力は完全に拮抗しており

勝負の行方はある一族を味方につけた方が勝つと言われていた。その一族とは、


 コウモリの一族である。


 大抵の動物は戦争が始まった時にどちらかの軍に属した。毛皮や牙、爪、角が

あるものはケモノ軍として、羽やクチバシを持ち空を自由に飛ぶことができるもの

はトリ軍として戦った。


 しかし、コウモリの一族は、毛皮や牙を持つが、翼も持ち空を飛びまわることが

できる。ケモノとトリ両方の特性を併せ持つため、自分がどちら側に属せばいいか

分からず、かといって5万匹しかいないコウモリの一族が第三勢力として戦争に

参加することはできない。


 コウモリ達は毎日自分たちがどちら側で戦うかの会議を開いていた。


 「私たちは毛も牙もあり、卵も産まない。やはりケモノの仲間なのかなぁ」


 「いや、でも我々はトリの最大の特徴である"飛ぶ"という特性を持っている。

  やはりトリの仲間なのではないか?」


 「はっきりしないということは

  どちらの仲間でもないということになるのかな?」


 「それは困る。ただでさえケモノとトリの両軍から

  仲間になれという圧力をかけられているのに

  どちらの仲間にもならないなんて言ったら

  どうなるか分からん」


 「確かにどちらかの軍に属して一族を存続させることも大事だ」

 

 「じゃあ、どちらの軍に属する?」


 「・・・。」「・・・。」「・・・。」


 会議は何日もこんな様子で一向に話が進まない。



 そんな中コウモリの下にトリ軍からの使者が訪れた。


 「こんにちはコウモリの皆さん、

  さっそくですがトリ軍として戦ってはくれませんか?」


 話の内容はもちろん『戦争への参加』だった。


 「そうは言ってもねぇ、トリさん。

  我々は自分たちがどっちの軍に入るべきなのか分からないんですよ」


 「そんなの簡単な話ですよ。あなたたちは飛べるのですから立派なトリの

仲間です。コウモリさんたちはあの愚かなケモノ達みたいに地面を

ノソノソ歩いたりはしないでしょう?」


 「確かに地面を歩いたりはしませんが、我々にはトリさんには無い毛皮や牙が

あります。はっきりとトリさんたちの仲間とも思えないんですよ」


 「ならば、牙も毛皮捨ててしまいましょう。

  そうすればコウモリさんたちはどこから見てもトリの仲間です」


 「牙と毛皮を捨てるだって!? なんてことを言うんですか!!

  どちらも我々にとって必要なものです。

  それにこっちにだってコウモリとしての誇りがあります。

  そんな簡単に自分たちの特徴を捨てることはできませんよ」


 トリ軍からの使者とは意見が合わず、そのまま交渉決裂してしまった。



 数日後、今度はケモノ軍からの使者が訪れた。


 「こんにちはコウモリの皆さん、ケモノ軍に入る準備はできましたか?」


 やはり話の内容は『戦争への参加』だ。


 「そう言われてもねぇ、ケモノさん。我々もずっと迷っているんですよ。」


 「何を迷うことがあるんですか。コウモリの皆さんは立派な毛皮も牙もある。

我々の仲間でしょう?」


 「でも、我々は自由に空を飛ぶことができます。空を飛ぶことは我々の

最大の特徴です。ケモノの皆さんは空を飛んだりはしないでしょう?」


 「何を言っているんですか。我々ケモノの仲間にも飛ぶものはいますよ。

ムササビやモモンガという一族はよく空を飛んでいますよ。彼らはケモノの

仲間です」


 「ムササビさんやモモンガさんのことは知っていますよ。

でも彼らは飛んでいるわけではなく滑空しているだけですよ」


 「そんなの同じじゃないですか。さっさとケモノの仲間になってくださいよ」


 「同じじゃないですよ!! 我々は自分の翼でしっかりと羽ばたいて飛んで

いるんです。空を自由に飛べることとただ高い場所から滑空するだけじゃ

雲泥の差です」


 「じゃあ、なんですか? あなたたちはトリなんですか?」


 「そうとも言ってません。我々はまだどちらの仲間でもないんです。

とりあえず今日のところはお引き取りください」


 今回も話が合わず交渉決裂してしまった。



 ケモノ軍からの使者が帰った夜コウモリの一族は会議を開いた。

 「両軍の使者と話してみても結局結論は出ず、か」


 「流石に我々の特徴を捨てたりするのはなぁ」


 「そうだ! そうだ! 彼らは明らかに我々のことを軽んじている」


 「我々一族にもコウモリとしてのプライドがある。それを軽視してくる

ような軍には入りたくないな」


 「ふーむ、どちらの軍も印象は良くないようじゃなぁ。

トリにもケモノにも仲間になるように連日催促されている。

そろそろ結論を出さねば……」


 一族内で話し合ってもやはり結論は出ない。

どちらの軍に属すのが良いのだろうか。



 ある日、ケモノ軍の『ゾウ』がコウモリ一族の下を訪れた。


 「こんにちはコウモリさん。ケモノ軍から来ました、ゾウと申します」


 「こんにちはゾウさん、今回はどういった要件でしょうか」


 要件はもちろんケモノ軍への勧誘だった。


 「コウモリさん、我々ケモノの仲間になってくれませんか? 歓迎しますよ」


 「やはりそのことでしたか、こっちも悩んでるのですけどね。

どっちの軍に属すか、決め手にかけるのですよ」


 「確かにコウモリの皆さんは他の動物と違って特徴的ですものね。

ところでコウモリさん、聞いたところによるとコウモリさんは超音波という

音を出すことが得意だそうで」


 「えぇ、まぁ、そうですね。我々は目が悪いので超音波を出して周りの様子を

確認したりするんですよ。これも特徴の一つですね」


 「へぇ! それは素晴らしい。実は私もコウモリさん達みたいに他の動物には

  聞こえない音を出すことが出来るんですよ。コウモリさんたちの超音波と

  違って、ゾウの出す音は低い音なんですけどね」


 「ほぉ、それは奇遇ですね。海に住んでるイルカという一族も超音波

  を使うことができるというのは 聞いたことがありますが、

  ゾウさんもなんですか」


 「そう! そうなんですよ。イルカさんも超音波を使うんですよ。

  それでね、コウモリさん、ゾウとイルカは同じ"哺乳類"という

  仲間らしいんですよ」


 「へぇ、そうなんですか、これまた奇遇ですね」


 「超音波を使うゾウとイルカは同じ哺乳類、それなら超音波が得意な

  コウモリさんも哺乳類の仲間なんじゃないですか? どうです?

  そんな気がするでしょう?? 我々と共に戦ってはくれませんか」


 「うーん、そうは言っても……。イルカさんの一族はサカナに属してますし、

  『超音波を使う』っていう特徴だけを見てなんの仲間か決められるのは

  納得がいきません。私たちには、空を飛んだり毛があったりっていう

  特徴があるんです」


 「確かにそうですけど……。

  一体いつになったらケモノ軍として戦ってくれるんですか」


 「まだケモノ軍として戦うなんて言ってませんし、

  いつになるかも分かりません。

  また一族の間で検討するので今日のところはお引き取りください」


 「相変わらず強情ですね。トリ軍とケモノ軍の戦いの激しさはピークに

  達しています。早く結論を出してくださいね」


 相変わらずケモノ軍とは意見が合わない。

 確かにケモノのみんなとの共通点は多いが、だからといって完全に

ケモノであるとは断言できない。

それに超音波が使えるからといって自分たちの仲間だと言うのは強引すぎる

というのがコウモリ一族の総意だ。



 後日、トリ軍からの使者がやってきた。


「どうも、ガラパゴス諸島から来ました。

 ハシボソガラパゴスフィンチと申します」


 随分と仰々しい名前の使者が来た。

使者の名前が聞いたことなさすぎて場が少々ざわついた。


「初めまして、えーっと、ハシボソガラパゴスフィンチさん、

 わざわざご足労ありがとうございます」


「無駄な挨拶は無しにしましょう、コウモリさん。

 私はトリ軍の偉い人から命令されてわざわざ飛んできたんです。

 要件はもうお分かりですよね?」


「まぁ、はい。『トリ軍として戦争に参加しろ』ということですよね?」


「その通りです。コウモリさんが強情でいつまで経っても結論を出さないから

 私が足を運んだんですよ」


「はぁ、それはすみません……」


 とても文句ったらしく言ってくるトリだ。あまり好感は持てないが、

ここで弱気な態度をとったらそのままトリ軍に引き込まれてしまうかもしれない。


「それで、ただ勧誘に来たんですか?

 あいにくこちらはまだ結論は出ていませんよ」


「いやいやコウモリさん、私も何の理由もなしに命令されたわけでは

 ありませんよ。

 聞くところによるとコウモリさんは自分たちの特徴がケモノにも

 トリにも共通しているから悩んでいるんですよね?」


「はい、そういうことですね」


「実は私、コウモリさんたちと同じ特徴を持っているんですよ」


 なんだか先日同じような会話をしたような気がする。


「というと?」


「私たちハシボソガラパゴスフィンチは吸血をするんですよ。

 他の動物から血を吸って生活する時があるんです。噂によるとコウモリさん、

 あなた方も血を吸われるんですって? 『吸血鬼の仲間』なんて

 呼ばれちゃうこともあるんですって??」


「まぁ、それはそうなんですけど、

 私たちの中でも吸血を行うのはごく一部ですよ?」


「まぁまぁ、ごく一部でもいいじゃないですか、とにかく私とあなた、

 つまり、トリとコウモリの間にさらなる共通点が見つかったんですよ。

 もうあなたたちはトリでいいですよね?」


 やはり自分たちとの共通点をアピールして仲間に引き込むつもりのようだ。

 先日のケモノ軍のゾウと全く同じ手法だった。


「あの、言いにくいんですが実は……」


 コウモリは、先日のゾウとのやり取りを一から説明した。

「……ということがありまして」


「なるほど、つまり、あなたたちは新たな共通点があっても

 トリ軍には入らないと? トリとの共通点が増えても自分たちは

 トリではないと言い張るんですか?」


「いやいや、トリ軍に入らないってわけじゃなくて、

 まだどっちの軍に入るか決めていないだけですよ。

 それに共通点っていってもゾウさんもハシボソガラパゴスフィンチさんも

 言ってることが限定的過ぎます。

 いくら共通点と言ってもそれだけじゃ仲間になるきっかけにはなりません」


「やはり簡単に折れてはくれませんか。聞いていた通り強情な方だ。

 今我々トリ軍は長きにわたる戦争で疲弊しきっています。

 それはケモノ軍の連中も同じです。

 あなた方が共に戦ってくれさえすれば勝利は確定するんです。

 こんなこと言いたくはないですがね、どっちの軍で戦うとしても

 結局あなた方にもたらされる利益は変わらないと思いますよ」


「利益が理由で悩んでいるんではないんです。

 我々は自分たちの誇りのために悩んでいるんです」


「そうですか、私が何を言っても無駄なようですね、

 今日のところは帰ります。

 私も明日からは戦場に戻らなければなりませんので」


「わざわざご足労ありがとうございました。気を付けてお帰りください」


 ハシボソガラパゴスフィンチは帰っていった。

これでケモノ、トリ、両軍からの使者は2回ずつ訪れた。

両者それぞれの言い分でコウモリたちを勧誘するが、どれも決め手にかける。

コウモリたちは今日も戦争に行かず、会議を繰り返していた。



 数日後、コウモリ一族の下にあるニュースが知らされた。

それは『トリ軍とケモノ軍の戦争、終結』というものだった。

事情を知っている者に話を聞くと長きにわたる戦争でお互いの軍は

ボロボロになり、とても戦える状態ではなくなっていたという。

 そんな中、両軍の間で話し合いが行われ互いの利益を考えた結果、

和解ということになったという。


「やっと戦争が終わったか、よかったよかった」


「やはり争いごとは良くない、戦争が終わったことはめでたいことだ」


「そうだ、ケモノとトリの両軍に和解を祝う手紙を送ろう」


 コウモリたちは両軍の下に祝いの手紙を送ることにした。


 数日後、トリ、ケモノ両軍の中枢メンバーがコウモリ一族の下に現れた。


「これは皆さんお揃いで、先日は戦争の終結おめでとうございます。

 今日はどういったご用件で?」


 コウモリの問いかけに誰も答えない。

しばらくの沈黙の後、ケモノ軍の一人が口を開いた。


「なんだ、あの手紙は。何がめでたい? 戦争は終わったが我々は皆ボロボロだ」


 よく見るとケモノもトリも鬼の形相でコウモリを睨みつけている。

次はトリ軍の一人が口を開いた。


「我々は己の誇りのために命をかけて戦った。

 それなのにお前らは戦争に参加せず何をしていたんだ」


「どちらの仲間にもならず、我々の問いかけを無視し続け、

 それなのに自分たちがケモノかトリ、どちらかの仲間であるかのような

 言い分だったな」


 トリもケモノもコウモリが戦争に参加しなかったことに対して

相当怒っているらしい。

「ちょっと待ってくださいよ。

 我々はトリとケモノどちらとして戦うか悩んでいて……」


「うるさい! お前らは結局最後まで戦わなかったんだ。

 悩んでいると言って我々を待たせ続け何もしなかったじゃないか」


「お前らがどちらかに味方していれば戦争が長引くことはなかった!

 お互いがここまでボロボロになるまで戦わずに済んだんだ!」


「お前たちはどちらかの味方につく素振りだけ見せて戦う気など

 なかったんだろう。なんて卑怯な奴らだ」


「そうだ卑怯だ!」 

「自分たちだけ楽しやがって!」

「お前たちなんて仲間じゃない!」

 

 両軍からの怒号と罵声が止まない。

コウモリ達は呆気にとられていた。まさか自分たちがここまで

嫌われていたとは。

 どちらの軍にも忖度しなかった結果こんなことになるとは。


「俺たちは卑怯なお前らとの関係は切らせてもらう。

 これはケモノ、トリ両軍の総意だ」


 そう言って両軍はコウモリ達の下を後にした。



 その後、ケモノにもトリにも嫌われてしまったコウモリたちは

居場所がなくなってしまい、深く暗い洞窟の中だけで

生活するようになりましたとさ。


 どちらの軍にも入ることができたコウモリが、どちらの軍にも

入らなかった結果、結局嫌われ者になってしまいました。


「こんなことなら、どちらかの軍にさっさと入ってしまえばよかったなぁ」


おしまい。



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決して意見を曲げないコウモリ~長いものにはまかれとけ~ 藻野菜 @moyasai

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