多分変わらない
乙女ゲームとして必要なのは主人公との絡みだけではない。他の攻略キャラとの絡みがあってこそストーリーは成り立つのである。
四月下旬から五月上旬へと移り変わったこの世界。使い回しの背景で黒板の日付だけが変化している2ーA組でのイベントが訪れる。主人公の隣の席に座り話し込んでいる主人公と夢尾君を見つけて「お話中ごめんね。夢尾君、少しいいかな?」と優しく声をかけた。
「おお峰原か。お前から話しかけてくるなんて珍しいな、どうかしたか?」
「ううん、大したことじゃないんだ。この間僕のスマホ壊れちゃってアカウントも作り直したんだよ。だからもう一度連絡先交換してほしくてね」
「なるほど……通りで真面目なお前にしては返信が遅いと思った。わかった交換しよう」
「ありがとう。本当は放課後とかの方がいいかもしれないけど、夢尾君はバスケ部のエースとして忙しいからね」
「大したことはないさ。峰原だって新聞部の活動で忙しいんだからお互い様だろう?」
「そう言ってくれるのは夢尾君だけだよ。……まあ運動部も文化部もそれぞれ違った大変さはあるよね」
「全くだな。ほら、アプリ開いたぞ」
「うん、じゃあコード読み取るね」
アプリを開いてない上にそもそも画面が固定されたスマホ同士をかざした。そしてスマホからピコンと音が鳴って、指先でなぞるフリをする。
▶︎『仲良かったんだ』
パチパチと瞬きをする主人公に顔を向けて、そうだよと顔の横でスマホを軽く振った。
「夢尾君は一年の時同じクラスだったんだ。同じ読書好きとして、今でも本の感想を言い合ったりしてるんだよ」
「峰原の選ぶ本は新人作家のものが多いが、どれも読み応えがあるものばかりなんだ。だからおすすめの本も紹介してもらったりしてるな」
夢尾君は腕を組み、うんうんと頷く仕草を見せる。クールキャラと呼ばれている彼だが、別に人に冷たいとか無愛想とかそういうマイナス面での意味を持たない。どちらかといえば、心に熱いものを秘めている落ち着いた真面目君といったところだろうか。
少し緩んだ口元には万人受けしそうな黒子がついている。篠崎いわく、プレイヤーはこの黒子を〈えちちボクロ〉と呼んでいるらしい。たまに人間のネーミングセンスと性癖を本気で疑う。大丈夫なのか。
「そういえば聞いたよ。この間のバスケ部の練習試合で圧勝したんだっけ?あと夢尾君がMVPだったとか」
「俺がMVPになったのはたまたまだ。相手も強かったし、お互い学ぶことがたくさんあった」
▶︎『それでもすごいよ』
「うんうん【主人公】さんの言う通りだよ。そうやって謙虚で真っ直ぐなところは本当に尊敬する」
「……そうやって褒めても何も出ないぞ」
頬を染めてプイッと横を向く夢尾君のあざといこと。そのセリフの後10秒近くの沈黙が流れ、その間その場にいるキャラの動きは止まる。恐らく現実のプレイヤーが夢尾君の照れている姿を網膜に焼き付けているからだろう。
暇になって静止した背景に目を向けると、このクラスに在籍している設定の篠崎が遊んでいた。黒板前の席に座って寝ているモブの頭に消しゴムを積み重ねている。何が楽しいのか全くわからない。あ、崩れた。
僕の視線に気づくことなく好き勝手している珍獣(篠崎)。しばらく観察していると、プレイヤーが我に返ったのか再び時が動き出し、珍獣も大人しく自分の席へと帰っていった。
「それにしても【主人公】さんと夢尾君がもうこんなに打ち解けてるなんて驚いたな。あ、別に【主人公】さんが人見知りそうとかそう言うわけじゃないけど」
「そうか言ってなかったな、俺とこいつは幼馴染なんだ。……小さい時にこいつが引っ越すまではよく一緒に遊んだ」
「なるほどね。だからそんなに距離が近いんだ?……羨ましいね、かわいい幼馴染がいるって」
▶︎『なっ』
「か、かわいい!?いや、俺は別に……というか峰原、日頃から心臓に悪いことは言うなと言ってるだろう」
「大げさだなぁ。本心しか言ってないのに」
「そういうところだぞお前……」
二人の関係性なんて知り過ぎている。むしろ当人達よりよっぽど詳しく説明できるだろう。本心に関しては実際のところ“どうでもいい”と思っているが、当然口に出すことはできない。時折顔面の爽やかさと内心の気だるさで温度差が酷いと篠崎に言われるほどに。自覚はしているが直す気もないし直す必要もないだろう。夢野君が目を細めて呆れた様にため息をつくと、予定調和のチャイムの音が鳴る。
「おっと……それじゃあB組に戻るよ。またね」
「ああ。またな」
窓際の席から離れて廊下に出ると、体が白い光に包まれて0と1に分解される。それはプレイヤーの次のターンに移行するためのシーンの切り替え。確かこのターンは部活のシーンをカットするので、次に目を開ければ下校イベントに移り変わっているだろう。
そして案の定。
「【主人公】さん、一緒に帰るかい?」
▶︎『ごめんね、今日は別の人と帰る予定があるんだ』
夕暮れに染まった部室にて。今日も選ばれなかった僕の手は主人公にバイバイと手を振るだけだった。別に残念でもないが、毎回手を振って見送るのシーンはいらないだろう。僕は娘の登校を見送る母親じゃないのだから。
そして恐らく今回のルートは僕ではなく、篠崎の予想では夢尾君か長谷川君とのことだ。この二人の好感度が今のところ同率で高いらしい。僕はその次だけど二回連続で下校イベントを断られているのだから、恐らく今回は選ばれないだろう。
「……で、篠崎出てきなよね」
誰もいなくなった部室で呼びかければ、そいつはグラウンドが見える窓から入ってきた。もし鍵があれば閉めていたのに残念である。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!!ってこのネタはもう古いか」
「僕そのネタ知らないんだよね」
「アッ……現代っ子……」
「製造年はあんたと同じだよ」
時折意味がわからないネタを挟んでくるも、元ネタを知らないのでどう反応すればいいのかわからない。そのため適当にあしらったが、今度は手で顔を覆って泣くフリをされた。特に気にせずつむじをぎゅっと押せば「下痢ボタン発動しちゃう」と頭を抱えてうずくまる。汚いし女として最悪な発言だったのでとりあえず軽くチョップを下した。
「あうっ♡」
「やめろなんだその声キモい」
「少しハートマークつけただけで酷い言われ様……。まあ自分でもキモいと思ったけど」
「思ったんだ」
「人工知能って羞恥心も学習できるんだね!」
「日頃の言動思い出しなよね。羞恥心なんて学習してないでしょあんた」
「いやいや、流石に少しは学習してるって。その証拠に最近下ネタは控えてるでしょ!?」
「たまに放送禁止用語言ってるやつがなんか言ってるな……。ていうか下ネタを連呼し始めたらあんたと縁切るよね」
「いやそれは無理でしょ」
「……」
ああ言えばこう言う。即座に否定できなかったのは、今の“僕の生きる目的”にはこいつが必要不可欠だからだ。かなり強引に重たいものを背負わされたけど嫌ではない。だからこいつの秘密を答えられるまでは離れる予定はないのだ。今のところ。
「はいっ、という訳で今回の解答コーナー!」
「……は?いきなり何?」
「ほらこの間言ってたやつ!私の秘密を見つけるやつだよ〜。あの後出題して思ったんだけど、無限に解答権あったら絶対すぐに終わるじゃん!時間もあるし」
「そんな簡単な秘密なの?」
「全然」
「じゃあいいじゃん」
「そう言うわけだから、一ターンごとに一つの解答権とします!」
「聞けよ」
「ほら、早くしないとプレイヤーちゃんが次のターンに進んじゃうよ!解答権を無駄にしないで!」
「はあ……」
急にそんなこと言われても、その問題について今は全く考えていなかった。自分のペースで答えさせてもらいたいものだが何を言っても無駄だろう。俺のペースがお前のペースだ!と訳がわからないモットーを掲げている奴には。流石に情報も何も集まっていないので絶対に当てられないことはわかっている。かと言ってデメリットも存在しないので適当でいいのだ、今は。
「はいっ答えは?」
「……あんたの性別?」
「……違、うよ?◯◯◯◯がないし……え?そうだよね?ねえ」
「ちょっと、自信持ってよね。なんで僕に確認するのさ。ていうか早速下ネタ言ったじゃん」
「あーっ今のなし!今のなし!あとやっぱ不正解でーす!!」
わあわあと頭上で大きくバツ印を作った篠崎がうるさい。
「……」
でももし仮にこいつが男だったらどうのるのだろう。薄い柑橘色の猫っ毛は短くなって、体躯は全体的に小さくて薄っぺらそうだ。制服のスカートはズボンに変わって、顔つきは大きくは変わらないだろうけど、頬の丸みが無くなりそうで……となんとなくの姿形を予想してみたが違和感しかない。
ふと、こいつが男だったら関係は何か変わっていたのだろうかという考えが脳裏をよぎる。人間は異性か同性かで大きく関係性が異なる生き物だ。僕はこのゲームの登場人物であるが故に、その考えに納得できる立場にある。しかし一瞬で“無いな”と思った。
僕も篠崎も人間じゃないし当てはまらない。例え性別が変わろうとも、こうやって馬鹿なことを言ってツッコミ返しての関係性はきっと変わらなかっただろう。
「という訳で、解答権は次のターンまでお休み〜。ぴっぴろぴ〜」
「うっざい」
……多分。恐らく。きっと。
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