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つい先ほどまで鋏を持って手入れをしていた庭へ戻ってきた。
応接室からも見えるこの庭園は、今が盛りと真紅の薔薇が咲き誇っている。
「美しい庭ですね」
「ありがとうございます。亡き母が薔薇がとても好きで」
「そうだったんですね。ご家族の大切な思い出が詰まった、素敵な庭だ」
世辞かもしれないが、ローゼリアにはアベイユのその言葉がとても嬉しかった。家族皆、母が好きで、この庭が好きだった。だから今でもこの庭は家族の拠り所で、大切に世話をしているのだ。
寄り添い歩く速度に合わせて、敷かれた石畳にコツンと杖の音が響く。急展開についていくのに必死だったローゼリアは、ふと耳に入った固い音で我に返った。アベイユの腕に添わせていた手を外し、正面に立って謝罪する。
「殿下、先ほどは足にご負担をかけさせてしまい、申し訳ございませんでした」
「え? ああ、プロポーズの時?」
「プロ……、ええ、あの、応接室では失礼いたしました。今もエスコートしていただいておりますが、痛みはございませんか?」
「大丈夫ですよ。長時間歩いたり足を酷使したりはしんどいけれど、普段の生活に困るほどではないんです。杖もあると便利だから使っているだけで」
「そうですか。でも、痛みや違和感があればすぐ仰ってくださいませ」
「ありがとう。ローゼリア嬢は優しいですね」
ふわりと笑うアベイユに、ローゼリアは胸が痛くなった。
(普段の生活程度……ということは、やっぱり剣を振るうことは難しいのね)
アベイユ・ソレイユは、五年前まで、「剣の天才」と呼ばれていた。
ローゼリアより二つ年下の彼は、年端もいかない頃から剣を握り、みるみるうちに才能が開花したという。側妃の子である兄が王太子、正妃の子である自身が第二王子という難しい立場でありながら、持って生まれた剣と軍略の才能を活かして、十二の頃には王国騎士団で指揮を取っていたというから驚きだ。
しかし、五年前のヴァルクスとの戦争で、殿下は大怪我をしたと聞いた。
先の戦争ではノウレストが主戦場となっていたため、当時十三歳だったローゼリアは家族の無事を祈ることが精一杯で、ノウレスト近辺の戦場で負った怪我が原因で、殿下が剣を永遠に置いたと知ったのは戦争終結後のことだった。
天賦の才と言うものは、与えられるも奪われるも神の気まぐれなのだと、当時のローゼリアは思ったものだった。
その後ヴァルクスと停戦状態になり、ソレイユは一時の平和を手にしたが……。
「——もしかして、ヴァルクス国がまた戦争をしかけようと画策しているのでしょうか」
回想から思い至った考えを思わずこぼすと、金の瞳が大きく見開かれた。
「ローゼリア嬢、それは……」
「殿下が接点のない私へ急に結婚を申し込まれたのは、ノウレストとの関係を密にして、隣国への牽制と、軍備の体制強化を図るためなのでしょう?」
つまり、政略結婚である。
コルベイユ家は代々ノウレストを領地としており、好戦的なヴァルクス国との位置関係から、他の辺境伯よりも軍事に関する裁量権が広く、また、コルベイユ家の私兵団も王国きっての精鋭揃いである。先ほど応接室で殿下に振り回されていた父も兄も、剣の腕と兵法に関する知識は王国騎士団にひけをとらない。
「殿下と私が結婚することで、ヴァルクス国から見れば、ソレイユに攻め入る時にまず攻撃目標になるこのノウレストで、王家の目が光るようになるのは脅威です。そして、今も関所の騎士団とコルベイユ家の私兵団は相互協力体制を築いていますが、結婚でさらに関係が強化され、有事の際により動きやすくなる」
ローゼリアが言い切ると、アベイユは深く息を吐いた。
「さすが五年前に戦線を死守したコルベイユ辺境伯のご息女だ。察しがいい」
困ったような顔でローゼリアを見つめると、コツンと杖を鳴らした。
「ローゼリア嬢の言うとおり、再びヴァルクス国で不穏な動きが見られています」
「ノウレストでは、そのような動きは掴んでいませんが」
「今はまだ国外への影響はなく、ヴァルクス国内で小さな内乱が増えている程度らしい……。しかし、小さな波紋はやがて大きなうねりになる」
コツン、コツン。固い音が庭に響く。
「父上と兄上……国王と王太子の意向としては、隣国の動向をいち早く掴み、備えたい。僕もそうだけれど、もう戦争なんてまっぴらだ」
そのために、ヴァルクス国との停戦後、西方諸国とは万が一の時の共同戦線同盟締結に向けて外交を進めている。南の大帝国との関係強化のために、僕の妹が一年後、帝国皇太子のもとへ輿入れする。
そして僕は、貴女と結婚してコルベイユ辺境伯との関係を密にし、ヴァルクス国対策をしたい。
「戦争を起こさないために。この五年、必死で取り戻してきた平和を揺るぎないものにするために、僕たち王家ができることは何でもしなければ、と思っています」
コツン。アベイユが杖の動きを止めた。
ですが、と、彼は一歩近寄り、腰まで波打つローゼリアの赤い髪を一房手に取った。
「僕は薔薇の花が一番好きです。凜として、美しい」
情熱的な黄金の瞳で、ローゼリアの新緑の瞳を覗き込んでくる。
「他の花と共に花綻ばせている薔薇も素敵だけれど。薔薇は、たった一輪、強かに咲く姿が最も美しい」
髪にキスをひとつ、落とされる。先ほどまでの真剣な空気が霧散して、薔薇の甘ったるい香りが二人を包む。
「——政略結婚以前に、僕は貴女に恋焦がれている。僕と結婚して。ノウレストの薔薇の乙女。愛しいローゼリア嬢」
ローゼリアは二度目の求婚に、今度こそ頭が真っ白になった。
薔薇の騎士姫は蜜蜂王子に愛される 彼方 @hozuki_yokocho
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