第2話「現状把握」
マイネームイズ、リクト。
雪城陸人(ゆきしろりくと)
高校三年生。受験生。趣味は大河ドラマ鑑賞。彼女無し。童貞。
よし。自分の事ははっきりとわかっている。
しかし、どういうわけか俺は現在若返った姿で異世界に来ているらしい。
馬鹿げた結論だが他に考えようがなかった。
下校途中だったのに、いきなり見知らぬ森の中にいてモンスターに襲われて魔法でそれを倒す。
最近友達に進められてネットで異世界物をよく見ているせいだろうか。自分のおかれた状況がなんとなく理解できた。
理解と言うよりは確認だろうか。ここが異世界であるということに対して。不思議な事に戦い方がわかっていた。
理解できたのはなんとなくだ。実際はわからないことばかり。
どうして年齢が十歳ほど下がって異世界に放り出されたのだろうか。
転生なら赤ん坊からやり直しのはずだし、召喚ならそのままの姿で異世界に移動するだけだと思うが、今の俺は非常に中途半端な状態だと思う。
八歳の時の姿まで年齢が退化して異世界に飛ばされてきた。……髪だけ黒から赤に変わって。本当に意味がわからない。
召喚でも転生でもどちらでも通じそうだがどちらかと言えば召喚だろうか。
ここに来る前に見た夢の女神みたいな美女はやっぱり神様だったんだ。
あの時、意思の疎通が取れなかったのか悔やまれる。
体が動かなくなったせいもあってか俺はずっと考え事をしていた。
ゴブリンとの戦闘を終えた現在、俺は倒れていた。
別にゴブリンにやられたわけではない。
ゴブリン達は全て死んでいる。
戦闘が終わった後、体の中から溢れるエネルギーのようなものが尽きたような感じがした。そしてそれと同時に体から力が抜けて倒れてしまった。
おそらくエネルギーのように感じていたものが魔力であり、それが尽きてしまって俺は動けなくなっているのだろう。
非常にまずい状態だ。
このまま他のゴブリンやモンスターが現れれば俺は死んでしまうだろう。
頭ではわかっても体が動かない。
もっとも、感知能力的なものがあるのか、周りに一切モンスターの気配を感じなかったので少し安心して現状を考えていた。
さらに遠くまで警戒していると、二つの気配を感じた。
マズイ。と思ったところで体が動かない。
足音がゆっくりと近づいてくるのを聞きながら、近づいてくるのはモンスターではなく人間のものだと気付いた。
モンスターではなかったので少しだけ安心した。すると急に眠気が襲いかかってきた。
瞼が重い。
視界が霞んでいく。
「兄上。こちらです」
男の声がする。
「取り逃がしたゴブリン共です。全滅しています。キングゴブリンの死体もここに」
「この子がやったのだろうか」
顔は見えないが、どうやら二人組の男だった。
(助かった)
敵意が感じられなかった安堵からだろうか。俺の意識は遠くなっていった。
*
目を覚ますと、視界に入ってきたのは見知らぬ天井だった。
体を起して辺りを見回す。
大きな部屋だった。
右手と左手を上に突き出して目の前でゆっくりと動かす。
どうやら回復したようだ。
体が動くようになったのでベッドを抜け出す。
近くにあった鏡で自分の姿を見た。
さっき見た子供の顔。
やっぱり小さい頃の俺がいた。髪だけ赤くなっているがそれ以外はやっぱり小さい頃の俺だ。
自分の姿を見ていると部屋のドアが開いた。
「気付きましたか?」
一人のメイド姿の女性が入ってきた。
年齢は二十代後半くらいに見える。なかなかの美人だが日本人には見えない。金髪碧眼の女性だった。
「どうした。目を覚ましたのか?」
さっきの二人組の男も入ってきた。
五十代くらいで威厳のありそうな赤髪のおじいさんと三十代くらいの筋肉ががっちりとした強面の金髪のおっさんだった。
二人は親子だろうか。
「兄上。もう起きあがっています。魔力は尽きていたはずですが」
おっさんがおじいさんを兄上と呼んだ。親子じゃなくて兄弟のようだ。
おそらく兄であろう老人が近づいてくる。
「私はギリアム・エルザー・ルディウム。君の名前を聞かせてもらえるかな」
「……リクト」
とりあえず名前だけ答えた。目の前の人物から貴族的なオーラを感じる。名字は貴族だけなのか平民も持っているかわからなかったので名字は伏せた。
「リクト。君はどうしてあの場所にいたのかな?」
「わからない」
正直に答えた。
もっと言えば俺もその答えが知りたい。
「どこの生まれだ?」
困る質問が来た。
「わからない。何も思いだせない」
とりあえず記憶喪失のフリをした。
地球の日本から来ただの若返ったなんて言っても信じてもらえないだろう。
俺だって正直未だに信じられない。
その後のいくつか質問をされたが回答のほとんどが「わからない」だった。
喋った情報と言えば自分の名前だけだ。
「行くところがないのなら、君のことはしばらくこの家で面倒を見ることにしよう」
予想外の嬉しい申し出だった。
子供姿が効いたのだろうか。
たしかに、倒れているのを拾ってきた子供を屋敷から追い出すのは周りの評判が良くないだろう。
「ありがとうございます」
老人の好意に甘えることにした。
俺はなんとか寝床を手に入れた。これからずっと異世界生活ならここが生活拠点にできるはず。
「あと、この地についての事を教えていただけますか。地理もわからなくなっているみたいで」
情報を集める必要がある。
「しっかりした子供だ」
ギリアムが感心している。ヤバい。8歳くらいの子供の言動じゃない。
「そう思わないか。リザ」
ギリアムはメイドの女性を呼んだ。
「はい。旦那様」
「我が領地について説明してやってくれ」
「かしこまりました」
リザと呼ばれたメイドが頭を下げると二人組の男は出ていった。
残ったのは俺とリザの二人。
説明が始まる前に「まだ安静にしてください」とベッドに戻された。
リザは横に椅子を持ってきて座る眠る前の子供におとぎ話を聞かせるような体勢だ。
「では、ルディウム伯爵領について説明いたします」
リザの説明が始まった。
ここはウィスタリア王国ルディウム伯爵領。
ウィスタリア王国は大陸でも大国に分類される豊かな国。
そしてこの土地はルディウム伯爵であるギリアム・ルディウムが治める領地。
人口は二万人。
伯爵領ではあるが国の端にあるため王都から離れており、さらに山に囲まれているため近隣の都市との交流もあまりない。
リザは口には出さなかったが要するに田舎なのだろう。
そしてこの屋敷はルディウム伯爵の屋敷で現在住人は六人。
当主のギリアム。ギリアムの三人の娘。当主の弟(さっきの強面)であるアルバート。侍女のリザの六人。
ちなみにリザは人妻だった。夫は当主の弟アルバートとのことだ。
「家族の一人なのに侍女なの?」
「色々とあるんですよ」
ふと疑問が浮かんで尋ねたが笑顔でそう言われてなんとなく追及ができなかった。
「ここまで聞いて何か思い出しましたか?」
リザは慈愛に満ちた表情で俺に問いかける。
癒し系のお姉さんの顔が近くまで来て少しドキドキした。
「いいえ、何も」
「そうですか」
リザは俺の事を観察するように見回す。
特に視線が髪の毛の辺りに集中している。
「綺麗な赤髪ですね。まるで王族みたい」
「王族?」
妙な単語が聞こえた。
「ええ。リクト君のような赤い髪をしているのはこの国では王族のお方くらいなんですよ」
「そうなんですか」
王族だけが赤い髪。
なんか厄介事に巻き込まれそうな匂いがぷんぷんする。
この世界の常識として憶えておこう。場合によっては染める必要があるかもしれない。
それからもリザから領内の特産の話など色々と聞いて情報を得た。
情報は大事だ。時として武器になる。
正直まだまだわからないことだらけではあるが、それはまた少しずつ学んでいけばいい。
ひとまず、ルディウム伯爵家にお世話になることになった。
当面の寝床を確保できたことだし、俺は聞きたいことだけ聞いてリザがいなくなるなり速攻で眠りについた。
中途半端な異世界転生 @kunimitu0801
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