もう一度
1
いつも夕食後になっる電話は気味が悪い。
母の危篤が知らされた時も夕食後すぐだった。
彼女から別れの電話が来たのも夕食後。
いつも通り、家に帰って夕食を食べ終えると、不意に電話がかかってきた。
ワタルと携帯には書かれていた。
携帯の番号を覚えていたことの嬉しさと、こんな時間にかけてくる電話の怪しさの半々の感情が心の中にあった。
一瞬電話に出ようか迷ったが、出ることにしてみた。
「よお」
「…久しぶりだな。」
僕は少し警戒していた。多分向こうも少し緊張していたのだろう。
「あーなんつうか、今度会えないか?久しぶりに。もうとっくに大人になったんだし酒も一緒に飲みたいだろ?酒も入らんとわからん話も色々あるだろ?」
彼の口から酒という言葉が出てくることに時の流れを改めて感じる。
「そうだな。久しぶりにお前の顔を見てみたいよ。」
僕は二つ返事でその誘いを快く受け入れた。
「場所はどこにするか?こっちから指定でもいいか?」
彼は少し食い気味だった。
「あ、ああ、別に構わんけど?」
「わかった。じゃあまた場所と日時は伝える」
「わかったよ」
そこで数年ぶりの電話は終わった。
多分5分も話していないかもしれない。
だけどそこには彼との再会を心の中で喜んでいる僕いた。
けれども、彼との会話でいくつか疑問が生じた。
一つは彼が僕が関東に住んでいるということを知っているということ。僕は大学進学のことはワタルには何も言わなかったことを後悔している記憶がある。さらに就職のことなんてほとんど誰にも話していない。なのになぜ僕は今関東に住んでいるということを彼は知っているのだろう。
もう一つは彼が食事場所の指定などをするといったことだ。基本的に彼は食事などといったものに疎い。はるか昔、彼の家にいった時も彼はコンビニ弁当を食っていた。それだけ色に関して執着のない彼がなぜ手配するとまで言ったのだろうか?
きっと会わないうちに性格も変わってしまったのだろうか?
わからないがどちらにせよ彼ともう一度会えるのだ。
この時の僕の心情は完全にワタルと会えるという事の嬉しさが数年ぶりに旧知の友と突然会う怪しさよりも勝っていた。
大学を卒業した僕は大きな病院の勤務医として働く事になった。
いつの間にかそこで働き始めて10年近くになった。本当に大人になると時間の進みが早くなった。
毎日さまざまなところからさまざまな症状を持ってくる患者たち。それらに対処するだけで精一杯の毎日をここ数年送っていた気がする。今そう振り返ってそう感じてしまう。
いつの間にかルーティーン化されてしまった日常。
クラウドと完全に共有されてしまった海馬と大脳皮質。
いつの間にか日常は白黒の写真をただ眺めて生きていく様な毎日に変わっていた。
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