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 時間になって、森さんは研究所に戻ってまだやらなければならない仕事があるらしい。どうやら「例のこと」でとても忙しいようだ。

 帰り際に、彼はあるものをくれた。

「ワタルくん、君にこれを託すよ」

 かなり重く、人の熱が伝わらないほどの冷たさが触覚に訴えてくる。

 それは拳銃だった。

 いつかの時のために海外から密輸していたらしい。

「いつか必要になるその時のためにとくと練習しとくがよい」

 俺は沈黙を貫く。

 俺はいつまでも俺の手の中に収められているものを穴があくまで見続けていた。

 真冬の東京の空を見上げる。そして星のない星空を見る。

 いつになく空がそのまま地上に落ちてきそうな感じだった。そこに美しさは微塵も感じられない。

 いつかこんな拳銃を使う日が来るのだろうか。

 他人を殺めてしまうのか。

 自分を殺めてしまうのか。

 はたまた殺められる側なのか。

 森さんはそんなことを考えているうちにタクシーに乗ってどこかへ行ってしまった。




 次の日、俺は診療所のスタッフに再来月でこの職場から去ることをみんなの前で話した。心のうちはどんな思いでいるかは知ったことではないが、少なくとも見た目はとても悲しんでいてくれた。大学時代のツテをふんだんに使用して、2つ下の後輩にこの診療所をやってもらうことにした。今日から2ヶ月ほどという短い間だがしっかりとここを受け継がせたい。

 辞めると考えると少し気が楽になった。いままで必死こいて数少ない自由な時間を使って得てきた資料などをもう一度眺めてみる。内戦を伝える新聞や、当時の人たちの手記などが丁寧に収められている。

 改めて見るとかなりの数がある。それもそのはず、大きめの本棚の中に一番下から上まで隙間なく入っている様な棚が3つもあれば誰もがそう感じるはずだ。

 ここにある資料はかなり貴重なものまである。後輩がその価値に気づくかはわからないが、ここの棚は後世の人たちのためにも残してもらいたいものだ。


 もうどうせ東京なんていう大都会には戻ることはないのだから色々と周りの荷物を整理し始めた。家族との大事な思い出や、目を覆いたくなるほどの恥ずかしい小学校の卒業文集まで。ここは職場なのに、本当にたくさんのものが混在している。いろんなものが出て来ては少しの間感傷に浸る。そんなことを繰り返していたら、いつの間にか日が傾いていた。

 さて、そろそろ心の準備でもして、「彼」に電話をしなくてはならない。

 高校の時から封印していたあの少しにがく、小便臭い記憶を解凍しながら彼の名前を電話の連絡帳の機能から探し出す。

 そして、深呼吸をして電話をかける。

 少しのコールがした後、彼の声が聞こえる。

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