4
いつも決まって俺が一番初めに起きる。
二人の子供と妻の分の朝飯を作り家を出ていく
朝の東京は俺が一番好きな光景だ。
何もかもが動いていない。終末を想像させてくれる。
家から一時間ほどかけて電車に揺られながら診療所に着く。いつものルーティンで窓を開け、コーヒーを淹れながら今日の予定を見る。
今日は午前だけ診療を行う。その後は例の内戦の資料を集めたり、精査したりする。
夜は脳科学では有名な研究者の一人である森さんと会食の予定だ。何か話したいことがあるらしい。
森さんがこの俺に会食を誘うなんて珍しいことだ。
○
その中でも森さんは医学部医学科脳神経研究部というグループの一人らしい。俺も時々そこの研究所に資料集めのために行く。
そんなことを考えていると、診療所のスタッフがちらほらと入ってくる。
いつの間にか昼間になっていた。
診療の時間が長引いたりしたりするおかげで休診日以外はまともに昼飯を食べることができない。最近は休診日でさえも食事にありつけない日もある。
夜になって森さんの研究所から近い蕎麦屋で会食をすることになった。いつも決まって先に彼がいる。
俺はテーブルを挟んで彼の向かいに座り、それっぽい食事を頼む。下戸だからあまり外でアルコールを飲むことはない。
彼はここのところの研究などで疲労が溜まっているようだ。そんな疲労が顔にあからさまに出ている。そして俺の注文が済むなり世間話などもせずに徐に話し始めた。
「ようやく護送の目処が立ったよ」
「再来月の金曜日だ」
彼は続ける。
「成田空港具体的な場所は当日指定する」
「ついにここまできたんですね」
僕は緊張した面持ちで答える
「ああ、もう引き返すことはできない。私たちは研究者、ひいてはこれが人間としての最後の試練となるからね」
「…。」
なぜか言葉が出ない。これは俺が決めたことなのだ。もう後に戻ることはできない。なかなか実感が湧かないのである。自分としてのキャリアを捨てることにすら繋がるし、自分の家族をも犠牲にする。得るものに対してそれなりの代償が伴ってくる。
でもそんなのわかりきったことだ。
自分でお膳立てて自分で対処していくしかない。
俺は今まさに崖から一歩先に足を踏み出そうとしていた。
もうそこから先は地面の感触が全くない。
もう地面のある崖に戻ることはできない。
後は闇に落ちて行くだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます