黒の章

1

 僕はその後この土地から離れたいと言う思いが強くなったり、一人でいる時間が増えたことから、自然と学校の勉強をする時間が増えた。その結果、いつの間にかそれなりの順位を定期テストや模試で叩き出していた。学校の順位が上がるとともに、学校での僕の評判も鰻登りになっていた。

 しかし、それと引き換えに自分の感情というものを失いつつあった。自分の見える世界から、色が少しづつ消えていく様な感触だった。ビクの見える世界は白黒の写真をそのまま映し出した様な景色にしか見えなかった。僕は結局神尾から出ていくことにした。

 神尾の駅まで両親は送ってきてくれた。本当は東京の下宿先まで一緒に来る予定だったそうだが、僕から断った。新天地に行くのだから、一人でそこから始める物語を作り上げたい。そんな思いがあった。

 その後は、東京の大学のとある医学部に入学することになった。三軒茶屋の壊滅的にぼろいアパートに下宿して数年間を過ごした。そのアパートは6畳間の畳で、アルミサッシなどと言った気の利いたものなどあるはずもなく、風呂やキッチンなどもなく、洗濯場所や洗面所も共同だった。本当にオンボロのアパートだった。だけど駅からそれなりに近く、銭湯もあった。それなりに立地はよかったあのである。他のアパートの住人は僕よりも年上の人が多かった。彼らは昼まで家の外に出ることはなかった。

 周りには新しい建物がどんどん建てられ、古い建物がどんどん壊されていった。その様な建物の住人も次々に変わっていった。だけど、このアパートだけは周りに不釣り合いなほどに変わっていかなかった。

 そこから見える景色はゴミが散乱した汚い道路と、人の生が感じられる汚い建物と作り物のようなひどく青ざめた空だった。 

 だけど、それが僕が今まで生きてきた人生に近しい様な気がした。

 次第にサークルや、いろんなバイトで東京での知り合いも増えた。改めて東京の人口の多さと、人間関係などの何もかもの次元が違うことが身に染みて感じた。地元のことを一時的に忘れられる痛み止めに近いものがあった。叶星のことはまだ頭の中に存在していた。

 医学生として過ごした数年間は人生の中で一番多忙だった。

 毎日大学に行き、終わったらバイトに行く。そして課題をどうにかする。毎日完全にルーティン化されていたにも拘らず、毎日疲労困憊の状態だった。それだけいろんなやることに追われていたのだと、改めて大人になってから気付かされる。忙しく生きていられるということ自体が幸せなのだと今つくづく思う。

 

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