第一幕 (3)

「惜しいね。母さん、ランチは美味しいって。それで客も増えたでしょ」

「違うの。看護師長の伯母さんが看護師さんも連れて昼に来るの。それにつられて見舞いのひとまで来るようになった。野郎の腕というより伯母さんなの。分析すれば」

「はいはい。ワトソン杏子」

「それでホームズ茜、うちの親父がいつか兄きをコックへ戻すらしい」

「あら、オーナー杏子なの」

「いいえ、オーナー茜なの」

 茜はきょとんとなる。

「実は親父が伯母さんとこっそり話してた。よかったら店を姉ちゃんにって。これでしっかりもののオーナーのもと、姉妹巫女の喫茶店にしようかとねらってる」

 げふっと茜は咽た。

 巫女なんてとんでもない。バイトで知ってる。正月に、節分に、七五三にと、目の廻るほど忙しいときがある。

 そういえばと話を変えた。

「耕作から頼まれものがあるの。明日入荷するから、届けるね」

「ふむ、兄きの趣味からするとホラーか。井戸から出てるわ、テレビからも出るわ」

「絵本。でも、怖いらしいの」

「怖い絵本か。そういえば、ちょっとしたブームになってたような」

「そうそう。ちなみに作者は、あの文芸賞ををもらったお笑いの、八つ橋あんこ」

 杏子が目を丸くする。

「八つ橋あんこ。なら、作品はひとのブラックなところだね。おっかない」

「今日、万引きされたのもその絵本。おかげで明日の入荷になった」

「人気なのねえ。ちなみに、どんなの」

 にやっとみやびが茜のひざへ乗った。もふもふがたまらない。真ん丸目玉で見詰めてくる。

「おゃ、みやびも知りたい。そうね、絵柄は日本昔話風。クレヨンでさらっと描いたみたいな。タイトルはたしか、「ひなた」」

「ひなた」

「主人公の名らしい」

「それで、内容は」

「包装されてたからね。見れなかった。帯には陰陽師やら、呪いとか」

「ふうん」

「占いとか、鬼とか、あるいは芥川の羅生門のようなものかも」

 と、そこで杏子がちらりと二階を見上げる。

「怖いもの、占いか。ふむ、そういえば近頃ちらほらと少女たちの行方不明のニュースがあったでしょ」

「SNSで知らない男に誑かされ家出というやつね」

「ところが、いくつかはそうじゃないって兄きがいうの」

 へえ~っと茜がイカ墨で黒くなった口元をぬぐう。

「謎の占い屋があるというの。それに引っ掛かると、消えちゃうって」

「ほんとなの」

「こんな雨がしとしとの寒い夜に、やつは店を開く。灯りにつられてついふらっとゆけば」

「おどかさないでよ。まったくホラーなユーチュウバーめ」

 へらっと杏子が笑う。

「でも姉ちゃんなら大丈夫。なんたって警察官二十四時。分析と論理とそれと、そう判断か。たちまち解決」

「その通り。ワトソン杏子」

「はい。お代は割引入れて四百円です。ホームズ茜」

「ちょいと、もっと割り引いてよ」

「むり。でもそれならローン杏子をどうぞ」

 あっかんべえの茜に杏子は大笑い。

 にゃあっと黒猫のみやびは跳ねてどっかへいった。

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