第5話 八代との会食 1
翌日、仲野は八代が所属する総務課課長室に草案を渡しに行った。
「お前が協力してくれるとはな」
八代の肩を叩きながら嬉しそうに仲野が笑った。
「よく言うぜ。俺の所まで話が降りてきたらだぞ」
相変わらず面倒くさそうに草案を受け取るが、全職員への連絡メールとして、昼過ぎに医療制度改革案を募集すると連絡が来た。
(全職員って事は相当追い込まれてるな)
事態は急を要すると思い、仲野の案を詰める為に、昨日行ったばかりの居酒屋に仲野を呼び出した。
「乾杯!」
仲野が上機嫌に八代とグラスを重ねた。
「八代ちゃん、いきなり話飛んじゃったね」
「ふざけるな。俺は良い迷惑だ」
その言葉とは裏腹に八代は迷惑な顔をしていなかった。何故なら八代の手元には仲野が20年以上に渡り練りに練った直ぐにでも提出できるレベルの案が纏まっているのである。他の人間は今から作るのだが、官僚の作る提案書は時間がかかる。全ての数字を出し、何を聞かれても答えられるレベルで無くてはならない。メリット、デメリット全て記載したとしても、会議ではもう少し甘く出来ないのか、もう少し厳しく出来ないのか、以下なのか、未満なのかで揉める。政治家からすればその文字だけで意味が変わってくるのだから改竄など当たり前のようにある。
「さっきざっくりと読ませてもらったが、何点か聞きたい事がある」
そう言って八代は胸ポケットからメモ帳を取り出した。
「感染症専門の病院を作る所はわかるが、ここに書いてある世界に有料配信をして収益を作るとあるが、それだけの力を持った医者がいるのか?」
有料配信する先は世界各地で名医達が揃う病院である。無名の日本人医師では誰にも見てもらえない。
「聞いた事あるだろ?坂木だよ」
「坂木?坂木といえば、臓器移植事件で当時騒ぎを起こしたあの坂木か?」
「事件か・・・エクスチェンジ法と坂木が名付けたれっきとした手術だ」
エクスチェンジとは多臓器不全に陥った子供の臓器全てを取り替える手術法で、16年前に坂木が東都大で行った最後の手術である。
「事件にしろ、手術にしろ、あれだけマスコミに叩かれた男が来てくれるのか?」
「あいつはそんな小さな事は気にしない。自分の患者を助ける事しか考えていない」
「お前がそこまで褒めるなんて相当な実力なんだな」
「あぁ。天才という言葉では足りない」
自分以上の自信家である仲野がそこまで絶賛する坂木を、言いたい事はあったが否定する事が出来なくなった。
「人選はお前に任せるが、昨日松本が話していた感染症専門病院を作る予算は財務省が許可すると思うか?」
「許可が降りないなら、降りる方法を使うだけだ。お前は予算の件には関わるな。俺がなんとかする」
上を目指す八代への気遣いだった。この案を通す為ならどんな手段だろうと選ばないと仲野は心に決めていた。
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