第3話日本の保険制度
「諦めろ林。事務次官の田中さんは来年退官だから今更コロナだ、経済だ、気にしていない。それよりも退官後の天下り先探しに必死だ」
松本が林の背中を叩きながら笑った。そして思い出したように、真剣な表情に戻った。
「そう言えば、仲野には朗報かもしれない噂がある。政府は医療制度を変える腹積りらしい」
アメリカの様に皆保険を無くすか、イギリスや北欧の様にナショナルヘルスサービス(NHS)制度を使って国営にして民間病院を無くすのかの議論を政府は内密に進め始めていた。
「でも、日本でNHS式は無理だぞ」
八代が松本の話の途中で口を挟んでNHS制度を否定した。
「開業医の多い日本がNHS制度に変えようとすれば日本医師連盟が黙っていない」
「じゃぁアメリカ式になると思うのか?」
「いや、アメリカ式はダメだ!」
八代が松本に答える前に仲野が話に勢いよく割り込んできた。
「アメリカ式になれば国民が黙っていない。それに・・・」
アメリカは皆保険がない代わりに民間保険が充実している。しかし、強制ではないので庶民は殆ど加入できていない。その為このコロナで貧困層が医療に罹れず死者が増えていた。
「既に透析をしている患者などは民間保険に断られる。そうなると死ねと宣告される様なものだ」
仲野の熱量がどんどん上がってくるのを察した八代が手で制した。
「どちらにしろ、国民が望んだ事さ」
パンデミックで献身的な医療を施したが、壊滅的な被害を受けた医療機関に対して、国民は世界のいいとこ取りを求めた。
「感染症を食い止めろ、でも外来もしっかりと見ろ」
笑いながら八代はその場にいない国民を卑下した。
「馬鹿だろ。自分勝手すぎる」
今度は仲野に代わり、八代の熱量が上がってきた。
「勘違いしてんだよ、馬鹿どもは。日本の医療制度の素晴らしさを見ずに、駄目なところばかりを指摘する。馬鹿の典型的パターンが日本国民さ。都合が良い時は是々非々と言い、都合悪くなると平等を訴えやがる」
八代がエリートとは思えないぐらい、口汚く罵り始めた。
日本の医療はパンデミック以前は世界に誇れる制度で、平等な医療、選択できる医療、すぐに見てもらえる医療を兼ね備えた、まさしくイギリスとアメリカのいいとこ取り医療だった。しかし、その完璧な制度は一つの感染症と言う亀裂によって完全崩壊した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます