第2話コロナ後の飲み会

 仲野は厚生労働省健康局感染課庶務係係長である。入省22年目の中堅職員で、同期の出世頭には労働基準局総務課課長の八代がいる。八代は次期局長と噂されており、やり手のキャリアである。仲野はと言うと国家公務員一種を持っている同じキャリアではあるが、ずっと厄介者扱いで窓際族のような扱いを受けていた。そんなに仲野に転機が訪れた。入省以来ずっと感染症専門病院を作るべきと幾度となく草案を提出してきたが、厚生労働省は日本医師連盟との関係を断ち切れない為、現実的では無いと却下され続けてきた。

 仲野の草案とは、

1.日本の医療制度を守る事

2.未承認の治験を行える専門病院を作る事

3.最先端の保険適用外手術を行い、日本医療発展に尽くす事

4.感染症専門病院を作る事

5.臨床、研究、育成を専門とした病院を作る事

の五点を元に作られている。


 パンデミック終息宣言が細田総理大臣によって出され、国民は気兼ねなく居酒屋に行けるようになった。

「乾杯!同期でこうやって集まるのも、久しぶりだな」

 ジョッキを天高く掲げて大声で乾杯をする。三年前だったら考えられなかった光景である。

「そう言えば八代、健康局局長の内示が出てるんだろ?44歳で局長か、俺たちの中で一番、事務次官に近いんじゃないのか?」

 雇用政策課課長の林が嬉しそうに八代の肩を抱き寄せた。

「ああ、お前らには悪いが、事務次官は目指してるよ」

 八代が当たり前だろと言う顔でビールをグビッと一気に飲み干した。

「この中で一番出世から程遠いのは仲野だな。入省した頃は、みんな一目置いてたのになぁ」

 資金運用課の松本が仲野の方に目をやり呟いた。

「俺の事はいいさ、それより今日は八代の出世当確を祝おう」

「仲野は要領が悪すぎる。お前がずっと言い続けている、感染症専門病院なんて物は、日本の医療制度では絶対に採用されない。いい加減に諦めろ」

 八代は自分に絶対の自信があるから能力が高いにも関わらず、要領の悪い仲野に我慢が出来ない。入省の頃は仲野が一番のライバルで、切磋琢磨する仲だと思っていた。

「でも八代、今回の感染症で分かっただろ。日本の医療は感染症に相性が悪すぎる。制度はそのままで、いざ有事の際には透析患者や重症者全員を隔離できる病院が絶対に必要だ。今回だって全員を隔離できていれば、ここまでにならなかったかもしれない」

 仲野が熱く語り出しすと、話を止めるように店員を呼び、ビールのお代わりを頼むと、一呼吸置き、仲野を嗜めた。

「日本じゃ無理さ。日本医師連盟の力が強すぎる。この厚労省だって上層部は医者ばかりだ。そして厚労大臣だって官僚の言いなりだ」

 八代は頭が良過ぎて、仲野の言う事は理解できているが、はなから無理だと思っている。

「おい、今日は八代を祝う会だろ。熱く語るのは良いけど俺達を忘れるな」

「すまん林、どうしてもこの問題だけは引かなくてな。そうだ、お前の課は最近どうなんだ?」

「大変だよ、朝から晩まで雇用をどうにかしろ、お前らのせいで会社をクビになったってクレームの電話処理でみんな疲弊している」

 林が所属する雇用課は、この三年間クレーム処理の為に出社しているような状況で、ノイローゼになり、辞めていった人間が多い。異動願いを出しても誰も行きたがらないので受理されない。

「松本の課はどうなんだ?」

「ははっ、全然駄目だよ。そもそも厚労省に予算が降りて来ない」

 空笑いをしながら松本は現況を嘆いた。経済対策優先で経済産業省にばかり予算が回っており、雇用に予算が回ってきていなかった。

「経済を回復させたように表面上取り繕って、増税の話も出ている」

「いや、それは困る。これ以上雇用が悪化したら、俺たちがパンクする」

 松本の話を聞いた林が深いため息をついて塞ぎ込んでしまった。



 

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