魔王・ヌル

「ラウロン……ミア……」


 長い階段を駆け上がりながら、イツキが呟く。道中、足止めをしてくれている仲間達の身を案じてのことだろう。


「集中しろ、イツキ。近くから魔王の魔力を感じる」

「わかってるわよ。さっさと諸悪の根元をぶっ飛ばして、みんなを助けなきゃ!」


 こくりと頷くイツキ。そんな彼女の決意に答えるように、俺は走るスピードを上げた。

 しばらく走り続けた後、俺達の眼前に巨大な扉が現れた。その豪奢な造りと、扉越しに感じる禍々しいオーラに一瞬だけ足を止める。だが、すぐに覚悟を決めると、俺はその扉を勢い良く開け放った。


「……ククク。よくぞここまでたどり着いた。ツヴァイ、それに勇者よ」

「……魔王・ヌル!!」


 俺達の開いた扉の向こう。まさに王の間ともいえる豪華な部屋の奥で、魔王は玉座に腰を下ろしていた。道中、俺達に姿を晒した時と同じように黒いローブを身に纏い、隙間から覗く目元はニヤニヤと笑っていることがわかる。その余裕な態度に、イツキが吠えた。


「アンタ……カタリナを、アタシの仲間をどうしたのよ!!」

「ああ、あの回復術士か。……残念だが奴はここにはおらん。今頃地下牢で我のかわいいペットと遊んでいる頃だ。フハハ!」

「地下牢!?そんなものまで……」

「こうしちゃいられないわ!ツヴァイ、さっさと助けに行くわよ!」


 イツキはそう叫ぶと、王の間をでようと踵を返した。だが。


「キャッ!」


 出入口の床が、突然はぜた。


「フハハハ!何処へ行くつもりかね?」


 振り向くと、魔王がこちらに向かって杖をかざしている。……奴の火属性魔法か。


「……ちょっと。邪魔しないでくれる?」

「せっかくここまで来たのだ。我の遊び相手になってもらおう。……なぁ!?勇者よ!!」


 魔王は自らの肩に手を掛けると、身に纏ったローブをバサリと脱ぎ捨てる。そして、彼はその真の姿を俺達にさらけ出した。

 真っ先に目を引くのは、魔族の中でも珍しい紫色の肌に筋骨隆々な身体。そして、腰まで伸びた銀色の髪だ。


「コレが、魔王ヌル!?」


 魔王は、その魔法使いらしからぬ体躯を躍動させながら笑うと、イツキに杖を突き付ける。


「どうした?我の姿に怖じ気づいたか?」

「はぁ?んなワケないじゃない!」

「ならば、良し。では行くぞ」

「上等!」


 こうして、魔王と勇者。人類と魔族の命運をかけた戦いの火蓋が切られた。


「ハアァァ!」

「ヌゥン!」


 イツキとヌル。二人の放った火球が部屋の中央で激しく衝突する。


「くっ!」


 やはり魔法では相手が上手か。押し負けたイツキの体勢が僅かに崩れる。そして魔王は、その小さな隙を見逃しはしない。


「そんなものか?」


 間髪入れずに風の刃と土の弾丸がイツキを襲う。だがそんなこと、金城鉄壁この俺が許すはずもない。


「任せろ!イツキ!」


 全面に集約した分厚い防壁が、ヌルの連撃を全て受けきった。そして、絶え間無く放たれていたかに思えた魔王の猛攻が、一瞬だけ止まる。


(攻撃の撃ち終わり。如何なる達人でも、その一瞬に必ず隙を晒す!)


 まるで示し会わせたかの如く、俺が防壁を解除すると同時にイツキが魔王に向かって飛び出した。


「ぐっ!」

「さあ!今度はこっちの番よ!」


 イツキは一瞬で距離を詰めると、魔王が次の魔法を放つよりも速く反撃に転じた。


「オラオラオラァ!」

「ぐぅ!小癪な……」


 重く頑強な黒剣シュヴァルツブレイドを、小枝の様に振り回すイツキ。魔王も杖を使って応戦するが、その戦力差は歴然だ。


接近戦そこはイツキの距離だ。如何に魔王と言えども人類最高峰の剣技、そう簡単には防げまい)


 何とか身を捩ってイツキの太刀をかわすヌル。だが、それも遂に限界を迎える。


「シャオラァ!」


 イツキが渾身の一撃を振るう。一方のヌルは、その攻撃を避けきれず、杖で受け止めるしかできなかった。


「ヌオォ!」


 まるでゴムボールの様に打ち上げられる魔王の体。だが、その顔には余裕の表情が浮かんでいる。

 それとは対照的に、攻めていたハズのイツキが怪訝な顔で自らの剣を見つめていた。


「どうした?イツキ」

「何か変なのよね。あれだけブッ飛ばしたのに、手応えがないっていうか……」

「手応えが?……しまった!」

「ちょっと!何よ!」

「いくらお前が馬鹿力だとしても、魔王の膂力を考えればあそこまで飛ばされることは無いハズだ」

「でも実際ブッ飛んだじゃない?」

「ああ。つまり、自分から飛んだんだ」

「自分からぁ?……何の為によ?」

「一つは攻撃に逆らわず威力を殺す為。もう一つは……」


 そこまで言うと、俺は空中を指差した。


「自分の優位なポジションを確保する為だ」


 そこには、浮き雲の様に空中を漂う魔王ヌルの姿があった。


「フハハハ!勇者よ、お前は空を飛ぶことはできまい!だが、我には出来る!そして、こんなこともな!」


 言うなり、魔王の魔法が雷雨のように降り注いだ。


(くっ……遠距離での撃ち合いはどうしても高い位置にいる者が有利だ。そのうえ単純な魔法力でも負けている。一体どうすれば……)


 そんなことを考えている隣で、イツキが大声で笑う。


「アタシは空を飛べない?……アーッハッハ!確かにそうかもね?でも、『アタシ達』なら!そこまで飛んでって、アンタに一発ブチ込むことだって不可能じゃないわよ!魔王!!」


 イツキは一瞬だけこちらを見ると、何を指示するでもなく、こう言った。そして、俺も反射的に答える。


「合わせなさい!ツヴァイ!」

「……!了解した!」


 イツキは俺の返事と同時に力一杯跳躍した。それに合わせて、俺は防壁で見えない足場を創る。


「く、くだらん!」


 魔王は自身に迫るイツキを撃ち落とさんと、魔法を乱射する。だが俺の防壁を足場にして、縦横無尽に飛び回る彼女を捉えるには至らない。そして遂に。


「つ~かまえた!」

「なっ!?」


 イツキは魔王の頭上を取った。

 腕力×重力。渾身の打ち下ろしが魔王を襲う。


「グオォォーー!!」


 完璧な一撃。ヌルは断末魔のような雄叫びを上げながら王の間の床に叩きつけられる。流石の魔王も、無事ではいられまい。

 もくもくと室内に舞い上がる砂埃を見つめながら俺は呟いた。


「……やったか!?」

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