古今無双③

 空気が変わった。フィーアのヤツは相変わらずニヤニヤと笑ってはいる。しかし、あきらかに先ほどまでとは何かが違った。


「ポヘ!来い!」

「わふ!」


 フィーアの呼び掛けに応じ、巨大な毛玉がピョコンと彼女の元に駆け寄ってくる。そんなポヘを包むふわふわの毛に、フィーアは腕を突っ込んだ。そしてモフモフと何かをまさぐっている。


「ん~と、確かここらに……おっ!あったあった」

 

 ズボッと勢いよく腕を引き抜いたフィーア。そしてその手には、一本の金棒が握られていた。


「しゃー!いくぜ!テメーら!この最硬の金棒『金剛砕こんごうさい』の錆びにしてやんよ」

「なんつーとこにしまってんのよ!?」

「あぁ?いいだろ別に。色々便利なんだよ、ここ」

「いや、イツキ。今はそれどころではない。まずは空中で攻撃をかわされた理由を解明しなくては……」


 俺の言葉を聞いたフィーアは、小指で耳をほじりながら、驚いたような声をだした。


「あれぇ?ツヴァイ。オメー、オレの固有魔法知らなかったっけ?」

「生憎知る機会が無かったものでな」

「そーかそーか。なら、教えてやるよ。オレだけお前の魔法を知ってるってのも、フェアじゃねーし」


 ニッと笑うとフィーアは金棒で地面を突いた。その途端、金棒と地面の接地面で小さな爆発が起こる。

 驚く俺達をよそに、今度はその場で飛び上がってみせた。そして、二度三度と空中を蹴る。すると足元が爆発し、彼女はその爆風を推進力として、自由自在に空を飛んでみせたのだ。


「与えた衝撃に比例した爆発を引き起こす魔法。それがオレの『爆炎エクスプロージョン』だ」

「なるほどね。さっきはそうやってアタシの攻撃をかわしたわけ」

「で、でもちょっと待ってください!」


 納得しかけたイツキに、カタリナが待ったをかけた。


「フィーア様の魔法は衝撃に比例した爆発を発生させるのですよね?ですが、何故何も蹴っていないのに爆発が起こるのでしょう?」


 確かにカタリナの言う通りだ。先ほどの回避行動。そして今のパフォーマンスにしても、彼女は何もない空中を蹴って爆発を起こしている。

 そんな俺達の疑問にラウロンが答えた。


「何も無いことはない。あやつが蹴っておるのは恐らく空気じゃ」

「はぁ?空気?」

「目には見えなくとも、空気には摩擦も抵抗もあります。にわかには信じられませんが彼女はそれらを踏みつけ、推進力を得ているのでしょうな」


 ラウロンの説明を聞いたフィーアは、意外そうな顔を浮かべると納得したように頷いた。


「へー。だから飛べてんだな、オレ」

「何故お前が驚いている」

「いや、すげー前に何となくやってみたら飛べてよ。原理はわからずやってたんだよな。……じーさん、アンタ頭いいな!」


 ケタケタと笑いながら手を叩くフィーアを見て、イツキは呆れたように息を吐いた。


「あんなヘラヘラしたヤツがそんな芸当を?」

「みたいですな。それに、空気には抵抗があるとはいえ、それは本当に微々たるもの。そこから人体を浮かす程の爆発を発生させるなど、並みの脚力ではありますまい」

「確かにね。それに、空中で姿勢制御できるだけの体幹にバランス感覚、単純なパワー。どう考えても地力じゃあ敵わないわね」

「えぇ!じゃあどうするのさ!」


 不安そうな顔をするミア。そんな彼女にイツキは笑いかける。


「決まってんじゃない。押してダメなら更に押す!先手必勝じゃい!」


 叫ぶやいなや、イツキは地属性魔法によって生み出した岩の塊をフィーアに向かって投げつけた。

 彼女のとった戦法は速攻。些か雑な攻めではあるが、実力差を埋めるには有効な手段の一つではある。


「行くわよ!ラウロン!」

「はいな!」


 投げつけた岩の影に重なるようにして、イツキ達はフィーアに迫る。


「うおりゃあ!」


 そして、金棒で岩の塊を叩き潰したフィーアの隙をつき、連携攻撃を仕掛けた。だが。


「いいねいいね!テメーら最高だよ!」

「ぐっ!」


 巨大な金棒をまるで棒切れのように振り回しながら、フィーアはイツキ達の奇襲に対応する。更に、爆炎エクスプロージョンの力によって空を縦横無尽に跳ね回りながら、彼女らを翻弄した。

 普段経験することのない、三次元的な動きに戸惑うイツキとラウロン。そのわずかな動揺を突かれ、二人は手痛い反撃をもらってしまった。


「ぐぅっ!」

「きゃっ!」


 蹴りと拳。爆発を伴う重厚な打撃をそれぞれ腹部にくらうと、煙を上げながらイツキ達は俺の近くまで吹き飛ばされてきた。


「むうぅ!やりにくいわね」

「意外と賢しい戦いをしますな」


 カタリナの治療を受けながら、二人は呟く。

 確かに、フィーアの戦い方は性格に似合わず堅実だ。目に見えて脅威となる金棒を振り回して注意を引き、隙の小さな拳や蹴りを的確に当ててくる。何より恐ろしいのが、彼女自身それを考えずにやっていることだ。天性のバトルセンスとでもいうのだろうか?とにかく、古今無双のフィーアという女の強みは、身体能力だけではないのだ。


「ハッハァー!いい感じに集まってんなぁ。じゃ、まとめて薙いでやんよ!」


 いうが早いか。フィーアは少し離れた位置から、金棒を力任せに振り抜いた。そして次の瞬間、辺りには耳をつんざくような爆音が轟く。

 金棒と空気の摩擦によって発生した爆発。その爆風は周囲を焼き付くしながらこちらに迫ってきた。


「お前達!俺の近くに集まれ!」


 叫ぶと同時に防壁を展開する。そして、俺の作り出した強固な壁は、フィーアの攻撃から仲間達を守ったのだった。


「ほーぅ。やるじゃねえか。やっぱ防御に関しちゃオメーはピカイチなんだな」

「フン!その程度の攻撃。何度でも防いでやるさ」

「なら、これはどうだ!」


 フィーアは金棒を大きく振りかぶる。そしてそれを、今度は地面に向かって思い切り叩きつけた。

『ズドン!』という爆音が辺りに響き渡る。その際に発生した爆発は、地盤を砕き、大地を破壊した。


「うおお!」


 足元を崩され集中力の切れた俺は、つい防壁展開ディフェンスウォールを解除してしまった。そして、慌てて顔をあげた俺の眼前には、フィーアの放った二の矢。全てを焼き付くす爆風の壁が、すぐそこまで迫ってきていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る