古今無双②

 言い終わると同時に、フィーアは両手に持った調理器具を投げ捨てる。そして、息つく暇もなく俺に殴りかかってきた。


「ストォップゥーー!!」


 彼女と俺が接触する間際。イツキが大声でフィーアを制止した。その声に、彼女は拳を止めると眉をひそめる。


「アァ?なんだ?勇者テメー。怖じ気づいたんかよ?」

「はぁ?そんなんじゃありませんー!ここ、アンタの寝床でしょ?こんなとこでドンパチやったら間違いなく崩れるけど……いいの?」

「…………」


 キョロキョロと洞窟内を見渡すフィーア。そして、頭をボリボリとかくと小さく溜め息を吐いた。


「チッ。それもそうだな。……しゃーねえ。場所を変えるか。おい、お前ら。ついてこい」


 心底だるそうにそういい放つと、彼女は巨大な四足歩行の毛玉・ポヘに跨がり、ズンズン洞窟の外へと歩いていった。そうして俺達も、最低限の戦闘準備を素早く整えると、フィーアの後に続いて洞窟を出るのだった。


「っし。こんなとこでいいだろ」


 しばらく歩いた後、フィーアはそんなことを口走り、こちらに向き直った。そして、ポヘから降りるとファイティングポーズをとった。

 それに応えるように俺達も武器を構える。だが、次の瞬間。彼女はたったの一歩で気を抜いていた俺に飛び掛かってきたのだ。


(しまった!)


 喧嘩に試合開始のゴングは存在しない。突然襲い来る理不尽な暴力。それこそが喧嘩なのだ。

 そんなわかりきったことを忘れていた俺の眼前に、彼女の拳が迫り来る。


「オラァ!」

「くっ!」


 魔法は間に合わない。そう感じ、俺は被弾を覚悟し、腕を交差させる。だがその直後、イツキが俺とフィーアの間に滑り込んだ。そして、鈍く光る黒剣の刃で彼女の拳を受け止めた。


「たまにはアタシにも守らせなさいよね!……て、かった!?何よコイツの拳」


 剣の刃に叩きつけられたフィーアの拳。普通ならば、その手には致命的な傷がつくハズだ。だが、オーガ族の血を引く彼女の体は普通ではない。


「ハハッ!オレの一撃で折れないたぁ、勇者はいいモン使ってんなあ。やっぱ」


 拳を覆う薄皮が裂けただけ。それ以上のダメージが無いフィーアは、お構い無しに拳を前へと突きだし、イツキを後方に押し込む。


「フン!」

「キャッ!」


 バランスを崩し、後退を余儀無くされたイツキ。そんな彼女への追撃を防ぐため、獣人であるミアが飛び上がる。


「させないよ!」


 獣人特有の、しなやかな筋肉を利用したハイジャンプ。位置的優位を獲得した彼女は、隙だらけのフィーアに向かって、上空からダーツの雨をばら蒔いた。


「効かねーよ。そんな豆鉄砲。……あ?」


 ミアの攻撃では、屈強な肉体をもつフィーアに大きなダメージを与えることは難しい。だが、彼女の狙いはそこではなかった。


「チッ!んだよ、鬱陶しい!」


 手や足。各関節など、ダーツの刺さった部位が瞬く間に氷漬けになっていく。ミアが所持する特殊な武器・マジックダーツ。そこに込められた魔法の力でフィーアを拘束することこそが、彼女の真の目的だった。


「邪魔だっつーの!」


 フィーアは纏わりつく氷を振り払うように、無造作に手足を振るった。彼女の身体能力をもってすればそんな簡単な動作でも、自身を縛る氷を破壊するには充分だった。だがウチの格闘家は、そんなあからさまな隙を逃すほど間抜けではない。


「ホアタァァ!」


 龍滅掌りゅうめつしょう。ドラゴンすら倒したラウロンの一撃がフィーアの鳩尾に突き刺さる。


「痛ぇな、オイ」

「ほほ。内臓を打ったんじゃが……頑丈な娘じゃ」


 口元から一筋の血を流しながら、フィーアはニヤリと笑った。そしてそのまま、戦いの舞台は接近戦へと移る。


「ハッハァー!やるじゃねえか、じーさん!」

「ぐっ!」


 洗練された動きのラウロンとは対照的に、粗く雑な攻撃を繰り返すフィーア。だが、そんな身体能力によるただのごり押しでさえ、彼女の強さは圧倒的だった。


(カタリナの強化魔法はすでにかかっている。それに、接近戦は味方への誤射も考えられるためミアの支援も入りづらい。どうすれば……)


 徐々に押され始めたラウロンの姿を見て、俺は打開策を思案する。だが、そう簡単に妙案などは浮かばない。しかし、次の瞬間。目の前では戦局が大きく動いていた。


「っ!」

「おおっと!捕まえたぜ?じーさん」


 ラウロンの繰り出した突きをかわし、フィーアが彼の手首を掴む。

 本来『掴む』という行為は、格闘戦において非常に有効な手段である。それが筋力に秀でた者ならば尚更だ。だが、それはあくまで一般的な話である。

 熟練の格闘家・ラウロン。彼を掴むということは、文字通り悪手である。俺達は皆、そのことを知っていた。


「さーて、どうしてくれようか……って、うぉっ!!」

「ほほほ。迂闊じゃよ、お主」


 ラウロンを引き寄せようと力を込めたフィーアは、自身の怪力をもって上空へと投げ出された。相手の力を利用するラウロンの投げ技・山崩しによって。


「今です!光輪の拘束コーリングバインド!」

「おっ!?」


 自由落下するフィーアの体を、カタリナが拘束する。魔法によって形成されは光の輪は、彼女の胴体と両腕をガッチリと固定し、その自由を奪った。


「勇者様!お願いします!」

「任せなさい!」


 仲間達が戦っている最中。勇者は自身の剣に魔力を集中させていた。そして、フィーアに隙ができたこの瞬間、一気に力を解放したのだ。


「くらいなさい!混沌の衝撃カオスインパクト!」


 真っ黒な斬撃がフィーアに向かって飛んでいく。

 空中では身動きがとれない。つまり、この一撃は彼女に絶対当たる、ハズだった。


「あっぶね」


 ボフン!という爆発音と共に、フィーアは空中を跳ね回った。それにより、標的を見失った混沌の衝撃は、遥か後方の山を吹き飛ばす。


「アイツ空中で動いて……どうやったのよ!?」


 驚く俺達をよそに、彼女は軽やかに着地をする。そして、自身を拘束していたカタリナの光輪をブチブチとちぎると、楽しそうに笑った。


「いやー、今のはヤバかった。オメーら舐めてたよ。まさか固有魔法を使うことになるとは思わんかったわ。悪かったな。お詫びに……こっからは正真正銘、本気で行かせてもらう」

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