古今無双①
フィーアの後に続き、洞窟を出る。辺りはすっかり暗くなり、足元を照らすのは僅かな月明かりだけである。
「もう夜になっていたのだな」
「そらそーだ。オメーずっと寝てたからな」
ぴゅう、と夜風が吹く。日中の暑さからは想像もできないその寒さに、俺は身を震わせた。
「しかし冷えるな。……お前は寒くないのか?その、そんな格好で」
「あ?このフィーア様をナメんなよ?暑いだの寒いだので弱音を吐くようなヤワな体じゃねーんだよ」
フィーアはフンッと鼻を鳴らすと、半裸に近い自分の体をバシンと叩いてみせた。
「ふっ。そうだったな。……で何の用だ?仲良く散歩する仲でもあるまい」
「んー……。いや、オメーの身の上を勇者から聞いてな。辞めたんだって?魔王軍」
「辞めさせられた、というのが正しいがな。まあ、別に後悔はしていないさ。今の仲間達とも馬が合う」
「ほーん。ま、いんじゃね?オレとしてもそいつは好都合だしな」
「?」
首を傾げる俺にニヤリと笑いかけると、フィーアは自らの拳を手のひらに叩きつける。
「だってよお、四天王と勇者。両方と喧嘩できるんだぜ?なんつー贅沢な話だよ」
「お前らしいな」
「ハッハッハッ!だろ?……しっかし、勇者パーティを連れてくるなんて、流石はオレの見込んだ男だ」
「その評価は初耳だが?」
「当たり前だろ?初めて言ったんだから」
あまりに適当な返しに俺は言葉を失った。そんな俺の様子を察したのか、フィーアが俺の正面に回り込んでくる。
「あんだよー。ヤル気だせって。オメーらだってコイツが欲しいんだろ?」
そう言ってフィーアが取り出したのは、魔王城へ行く為に必要な最後の鍵・火の鍵だった。そして彼女は、そのまま鍵を自らの胸の谷間に差し込んだ。
「なっ!女性がそんなことするんじゃありません!」
つい焦って大声を出す。その反応が気に入ったのか、フィーアはニヤニヤと俺の顔を見上げた。
「ほー。オメーもそういうのに興味あったんだな。安心安心。……じゃ、今は誰狙いよ?」
「は?」
うんうんと頷くと、フィーアは俺の肩に手を回す。
「あの回復術士か?それともちっこい獣人の娘か?案外勇者って線も……いや、大穴であのじいさん?」
「別にそんな間柄ではない!」
俺はフィーアの手を払いのけると、ニヤニヤ笑う彼女を睨んだ。
「喧嘩を売っているのか?」
「喧嘩は売るのも買うのも大好きだが、今じゃねえ。オメーらが全員揃って、全力を出して、その上でまとめて撫で切るのがおもしれーんじゃねえか。だから今日のうちは宣戦布告、それだけだ」
「負けても後悔するなよ?」
「負けねーよ。負けねーから『古今無双』なんだ。……さっ!そろそろ戻ろうぜ。最高の喧嘩をする為にも、俺はもう寝る。ふあぁぁ」
大きなあくびをしながら、フィーアはもと来た道を戻っていく。俺もそんな彼女に続き、夜の火山地帯を後にした。
洞窟に戻ると、俺は仲間達にフィーアの宣戦布告を説明した。酔い潰れて寝ているイツキとラウロンは別として、カタリナとミアの二人は一瞬だけ不安そうな表情を浮かべる。だが、彼女らも修羅場をくぐってきた勇者パーティの一員だ。すぐに覚悟を決めると、無言で頷いてくれた。
(よし!皆で協力すれば勝てるハズだ)
そんな安心感を胸に、俺達は眠りについた。
次の日の朝。
『ガンガンガン!!』
金属を打ち合わせたような轟音で俺達は飛び起きた。
「えっ!なに?なに!?」
「うほほい!……何事じゃ!」
酔い潰れていた二名も勢いよく体を起こす。そして、辺りを見回した。
俺達の視線の先。轟音の発生源には、鉄製の調理器具を両手に持ったフィーアの姿があった。彼女は再び調理器具を打ち合わせ、ガンガンという音を出すと、洞窟内に響くような声で叫んだ。
「さあ、起きな!ヤロー共!……楽しい楽しい喧嘩の時間だ!!」
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