鬼と毛玉

 頭がぼぅっとする。俺はどうなったのだろう?確かフィーアを訪ねに行く途中、あまりの暑さに眩暈がして……。


(ん?なんだ?この感触は)


 頬に感じる確かな水気。これは、何者かが俺の顔を舐めている?


「…………って!臭っ!ケモノ臭っ!」


 突然の獣臭に飛び起きる。そこには、俺の顔を舐め回す巨大な毛玉が嬉しそうに佇んでいた。


「わふわふ」

「お前は……ポヘ!」


 真っ白でフワフワな毛並みを持ち、四足で歩くその毛玉に俺は見覚えがあった。四天王の一人、フィーア。彼女がいつもこの生物に跨がって移動していたからである。


「お前がここにいるということは……」

「あーー!ご主人!目を覚ましたんだね!」


 状況の整理がつかぬまま、今度は聞き覚えのある声が響く。


「ほら!お姉ちゃん!ご主人が起きたよ?」

「まあ!お体の方は大丈夫ですか?ツヴァイ様」


 ミアとカタリナが嬉しそうな顔で、こちらに駆け寄ってくる。だが、俺にしてみれば何が何だかわからない状況だ。

 そんな俺の考えを汲み取ってくれたのか、カタリナがあの後の出来事について説明をしてくれた。


「実はツヴァイ様が倒れた直後、四天王のフィーア様が偶然通りかかりまして。ツヴァイ様を介抱するための場所を提供してくれたんです」

「そうか。やはりあの声はアイツの……。して、ここは?」


 俺は辺りをぐるりと見回した。寝起きで気が付かなかったが、どうやらここは洞窟の中のようだ。


「フィーア様の隠れ家だそうです。外の熱気が入ってこないので、寝るにはもってこいだ!と、仰ってました」

「なるほど。涼しいわけだ」

「ふふ。実はこのポヘ様がツヴァイ様を運んでくれたのですよ?」

「わふ!」


 カタリナに頭を撫でられ、白い毛玉……ポヘはブンブンと尻尾を振る。


「そうだったのか。ありがとう、ポヘ。ところで、そのフィーアは今何処に?」

「あっちで、勇者やおじいちゃんとお酒飲んでるよ?『ツヴァイが起きるまで飲み比べじゃー!』とか言って」

「仮にも敵対関係にある者同士で飲み比べか。まあ、フィーアらしいと言えばらしいが……」

「オレが何だって?ツヴァイ!」


 低く、ドスのきいた女性の声。その声に俺は振り向いた。

 真っ赤な短髪に一本の角。必要最低限の衣服から覗く四肢は、引き締まった筋肉でゴツゴツと隆起している。そこに立っていたのは、四天王最後の一人、古今無双のフィーアその人だった。


「……久しぶりだな、フィーア」

「アァ?まずは礼だろうが、礼!」

「ああ、そうだな。失礼した。今回は迷惑をかけた。心から……」

「嘘だよ、嘘!相変わらずクッソ真面目だなぁテメー。礼ならそこの回復術士ヒーラーの嬢ちゃんに死ぬほど言われたからよ。もういらねーって」


 ケラケラと笑いながらフィーアは俺の肩に手を回した。……やたらと距離の近い奴だ。


「いやー。勇者とあのじいさん、なかなかやるぜ。このオレとの飲み比べにあそこまでついてくるとはな」

「二人は今どうしている?」

「酔い潰れてあっちで寝てるよ。ま、オレに勝つにゃあ百年早かったな」


 アルコールの匂いを漂わせながら、フィーアは俺の肩をバンバンと叩く。


「どうよ?ツヴァイ。テメーも一つ、オレと飲み比べでもしてみるか?」

「遠慮しておく。病み上がりなもんでな」

「カーッ!つまんねー!……じゃあよ、ちょいと付き合えよ。酔い醒ましにちょっとその辺歩こーぜ」

「……そうだな。積もる話もある」


 立ち上がった俺に、カタリナが心配そうな眼差しを向ける。


「ツヴァイ様!あの……」

「大丈夫だ、カタリナ。ちょっと昔話をしてくるだけだ。コイツが喧嘩するつもりなら、もう襲ってきてるハズだしな」

「そーそー。せっかく勇者パーティと喧嘩できるんだ。フルメンバーになるまでオレは戦う気はねーよ。じゃ、ポヘ。留守番頼んだぜ」


 そう言ったかと思うと、フィーアは万力のような力で俺の腕を掴み、洞窟の外へと進んでいった。

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