6章 古今無双のフィーア

スモウ・レスラー①

「『古今無双』。その称号を言葉通りに受け止めたなら、確かに一筋縄じゃあいかん相手みたいじゃのう?以前もめんどくさいなどと言っておったが……」


 白く伸びた髭を撫でながらラウロンが呟く。そして俺は、彼の言葉を肯定するように静かに頷いた。


「ああ、彼女の実力は間違いなく四天王イチ。いや、魔王軍でも歴代最強と言って過言ではないだろう」

「ふぅん。そりゃあ確かにメンドーな相手ね」

「いや。彼女の真に厄介な所はそこではない。……戦闘狂、とでもいうのかな?戦うことそのものが目的らしく、とにかく何かと喧嘩を挑んでくるのだ。実際俺も、彼女と顔を合わせる度に『試し割りだー』などと言って防壁を壊されたものだ」

「それは……大変でしたね」


 当時を思い出し身震いする俺を見て、カタリナが苦笑いを浮かべた。


「勿論、あちらは本気ではなかったがな。軽くジャレてるつもりだとは思う。だが、こちらからしたら毎回命懸けだ。それに防御特化の俺が一番やりやすかったのだろう。いつも俺にばかり絡んでくるのだ」

「ボクも一回だけ巻き込まれたことあるよ。ご主人と一緒にいたときにね。ヒドイんだよ?急にご主人に殴りかかってきてさー。あの人絶対にご主人のこと好きだよ」


 ぶつくさと口を尖らせるミア。


「どうしてそうなる。彼女が好きなのは酒と喧嘩だけだ」

「いーや。あれは好きな人につい意地悪しちゃうヤツだね」

「彼女だっていい大人だ。そんな子供じみたことはしないさ。そもそもあれは意地悪などという生易しいものではなくてだな……」

「ちょっと!」


 俺の隣を歩いていたイツキが脇腹を肘でつついた。かなりの力を込めていたのか、鎧越しにもズシリとした衝撃が伝わる。


「んなこたぁどうでもいいのよ!もっとこう、戦法とか固有魔法とか……あるでしょ!?」

「あ、ああ。すまん。……そうだな。彼女の最大の特徴は、身体の頑強さだろう。『オーガ族』という屈強な戦士の末裔らしく、あらゆる身体能力に秀でる。戦い方も、その肉体を活かした近接戦闘がほとんどだ。固有魔法の方は……すまんがよくわからん」

「はぁ?何でよ」

「何か爆発に関連した能力だとは聞いたが、実際には見たことが無いのだ。彼女は基本的に筋力で全てを解決するから……」

「なるほどのぅ。魔法など使わずとも勝てる、と。それはますます厄介そうじゃワイ。なら、こちらも接近戦の訓練をすべきですな、勇者殿」


 イツキは腕を組むと、ラウロンの言葉に首を捻った。


「うーん、そうよねぇ。アインスのおじいちゃんにも苦戦したワケだし、ここらで一つ戦闘スキルを上げておく必要はあるかも。で、ラウロン。何かいい訓練ってあるのかしら?」

「ふむ」


 ラウロンは少し考えるような素振りを見せると、何かを閃いたように手をポンと叩いた。


「スモウ、などどうでしょう?」

「「「「スモウ?」」」」


 俺を含めた一同は、皆同じように首を傾げた。


「……スモウとは東の大陸の剣士達が肉体を鍛える為に取り入れられとる鍛練の名じゃ」


 見通しの良い原っぱに移動すると、ラウロンは地面に大きな円を描きながら、そんなことを話してくれた。


「二名で行う対戦形式でな?この中で組み合って、相手を円の外に追い出せば勝ちじゃ。また、先に手を地面についても負け……簡単じゃろ?」

「それだけか?」

「ええ。一応打撃の要素もありますが怪我防止の為に今回はナシということで。……まあ、見た方が早いですな。ツヴァイ殿、鎧を脱いで円の中へ。ワシがお手本を見せよう」


 そういいながら、ラウロンは褌一丁になると自らの描いた円の中へと入っていく。俺も鎧を脱ぐと彼に続いた。


「おほ~。二人ともいいカラダしてんじゃないの。眼福眼福」

「オッサン臭いことを言うな!」

「ほほほ。勇者殿は開始の合図をお願いします。ツヴァイ殿は……そこの線に立ってください」


 俺はラウロンの指示に従い、彼の向かい側に引かれた線の上に立つ。


「そうそう。そこじゃ。で、勇者殿が合図をしたら全力でぶつかって来てくれて構わん。そのまま押し出そうが、投げ飛ばそうが、好きにやってみい」

「そうか。なら、遠慮なくやらせてもらうぞ」

「じゃ、いくわよ~!」


 イツキがそう言うと、ラウロンは両の拳を地面についた。俺も見よう見まねで同じ体勢をとる。そして。


「始めぇ!!」


 開始の合図と共に、ラウロンに思い切り体当たりをかました。

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