勝って兜の緒を締めよ②

「お、おい。大丈夫か?」


 目の前でわんわんと泣かれた俺は、フロイデになんと声をかけたものかと思案する。だが、俺がまごついている間に彼は白衣の袖で鼻水を拭うと、瞳を潤ませながら顔を上げた。


「……わかってるよ。こんなのは逆恨みだって。生まれつき優れた能力を持つ君たちへの嫉妬だって」


 ズルズルと鼻水をすすり上げ、彼は続ける。


「僕は昔から勉強が得意でね。特に魔法学は天才的だ!なんて村中で話題になったもんだよ。両親も僕を神童だとか言ってさ、無理して良い学校に通わせてくれたんだ。勿論僕もそれに応えようと必死に努力したさ。……でも、現実は残酷だった」


 ギュッと拳を握り締めるフロイデ。アインス殿に才を見込まれ、あれよあれよという内に四天王の座に着いた俺からしたら耳の痛い話だ。


「録に努力もしてない奴らが魔王軍で最も権威のある四天王になり、僕は技術開発局の局長だ」

「立派な肩書きじゃないの?アタシなんか勇者なんて呼ばれてるけど、ほとんどゴリラ扱いよ?」


 言い終わるや否や、イツキは俺とラウロンをギロリと睨む。


「ハハッ。局長とは言ってもね、実力を重んじる魔王軍では道具に頼る卑怯者ってのが専らの評判だったよ。なんなら位の低い奴らからも笑われたさ」

「そんな……酷いです」


 悲しそうにカタリナが目を伏せる。その言葉に同調するようにフロイデが頷く。


「そう。酷い奴らなんだ……だから君たちもそうだったら、八つ当たりも出来たのに。でも現実は違った」


 真っ直ぐな瞳でフロイデは俺を見た。それに応えるように、俺も彼を見返す。


「君たちは馬鹿にするどころか僕を、僕の技術を認めてくれた。……不思議なことにね」

「不思議なことなど何もない。そもそも俺達は誰かの作ってくれた武器を使い、防具を纏い、寝食をしている。それらを作っている第三者への尊敬を忘れるなぞ、愚か者のすることだ。まあ、これもアインス殿から教わった考えだがな」

「そうかい。まったく、そういうところも気に食わないんだ」


 吐き捨てるように呟いたフロイデの広角が、少しだけ上がったように見えた。

 少しの間を置き、俺達はフロイデに別れを告げた。


「本当に良いのかい?僕を見逃して?」

「良いって言ってんじゃないの。……それとも何?この超絶美少女イツキちゃんに、もっとぶっ飛ばされたいのかしら?コイツゥ~」

「いや、遠慮しておくよ」

「なによう。ちょっとはツッコんでくれないとアタシが滑ったみたいになるじゃない。これだから眼鏡は……」

「眼鏡差別はやめろ!」


 俺の手刀がイツキの脳天を叩く。だが、こちらの手が痛くなるばかりだ。


「フフ。では、お言葉に甘えさせてもらうよ。……あと、ツヴァイ。君にこれを」


 そう言ってフロイデは、小さな結晶の埋め込まれたリングを差し出した。


「これは?」

「緊急蘇生用の御守り、といったところかな?持ち主の生命エネルギーが減少すると、一度だけ自動で回復してくれる仕組みになっているんだ。僕もこれを身につけていたから、君たちの攻撃を受けても無事だったんだよ」

「良いのか?そんな便利なものを」


 彼は照れくさそうに顎をかくと、ぷいとそっぽを向いた。


「ま、まあ?君たちが死んだら僕の優秀さを知る者が減ってしまうからね。それは世界の損失だよ」

「そうか?なら、ありがたく」


 俺は頷くと、その御守りを懐にしまった。それを見たフロイデは、満足そうな笑みを浮かべると銀色の球体に乗り込んだ。


「色々悪かったよ。リマの町の襲撃も撤回した。……もし、機会があったらフュンフに謝っておいてくれないか?僕は合わせる顔がない」

「別にアタシ達だってアイツと仲良しってワケじゃないのよ?ま、いいけど」

「ありがとう。それじゃあ、僕はまた研究に戻るよ。未来の発展の為に、ね」

「ああ。頑張れよ」


 左右に開いた球体がバタンと閉じる。その直後、ソレは空中に浮かび上がるとすごい速度でその場を飛び立っていった。


「……ふぅ。なんとかなったな」


 溜め息をつく俺の腕を、ミアがぐいぐいと引っ張る。


「でもでも!ボク達結構良い感じだったんじゃない?ご主人!」

「そうですね。あのような巨大な敵を相手に怪我人もいませんでしたし」

「ま、アタシが本気だせばこんなもんよ」


 口々に戦いの感想を述べる仲間達。だが、俺はそこまで楽観的になることはできなかった。


「いや、快勝したからといって気を緩めるべきではない」

「ふむ。『勝って兜の緒を締めよ』、というヤツですな」

「何よ、ソレ?」


 首を傾げるイツキに、ラウロンが答える。


「東の大陸に伝わる言葉ですわい。勝った時こそ、油断せず気を引き締めろ。……ま、そんな感じの意味ですな」

「え~?ちょっと心配しすぎじゃない?」

「そんなことはない。と戦うとなれば尚更な」

「ヤツぅ?ああ、前に言ってた残りの四天王のこと?」


 イツキのいう通り、魔王城の鍵を守る最後の一人。四天王最強の呼び声高い彼女の存在が、俺の脳裏に浮かびあがる。


「ああ、『古今無双の戦士・フィーア』。彼女が残っている限り、油断は出来ない」


 俺の緊張感が伝わったのか、パーティ全体の空気が少し、引き締まった気がした。

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