勝って兜の緒を締めよ①

「どーよ!アタシの新必殺技!……て、やり過ぎちゃったかしら?」

「しまった!久しぶりの見せ場につい力が……」


 イツキと俺は慌てて振り返る。そこでは爆音を散らしながら崩れ落ちるシャーデンフロイデの姿があった。


「あちゃ~。大丈夫かしら?あの眼鏡」

「わからん。が、巻き込まれる可能性がある以上、下手には近寄れんぞ」


 フロイデの安否を心配し、遠巻きに崩壊を眺める俺達。すると、シャーデンフロイデの中から大きな銀色の球体がポンッと射出された。そして、その玉は俺達の前までゴロゴロと転がってくる。


「なんでしょうか?これ?」

「あまり不用意に近付くべきではないぞ。カタリナ殿よ。ここは……」

「わぁ~!ナニコレ!?」


 子供の好奇心か、獣の本能故か?ラウロンの注意など意に介さず、ミアはその球体をツンツンとつつき始める。その途端、プシュという音が鳴り、銀色の玉が左右に開いた。


「うわぁ!」

「大丈夫か!?ミア!」


 ピョコンと後方に飛び退くミア。そして、その球体の中からは、両のレンズがバキバキに割れたフロイデが力無く姿を現した。


「うう……」

「あら?無事だったのね。よかったわ~、元気そうで」

「お前の元気の基準ガバガバ過ぎないか?」


 ズルズルと球体から這い出たフロイデは、顔を上げた。そして、自分が勇者パーティに囲まれていると気付くと、その顔はみるみる青ざめていく。


「ひぃ!勇者!」


 すっとんきょうな叫びをあげ、フロイデはひっくり返った。そしてガクガクと震える膝を引き摺りながら、何とか逃げようと地面を這いつくばる。だが、イツキはそんな彼の首根っこをつまむとずりずりとこちらに引き戻した。


「なによ、その化け物でも見たような反応は」

「まあ、似たようなものだろう」

「そうじゃ。むしろ化け物じゃないみたいな発言は控えて欲しいのぅ」

「ボクもそう思うな」 

「アンタらどっちの味方よ!?」


 俺達のやりとりを見て少しだけ落ち着きを取り戻したのか、フロイデがこちらに向き直る。


「ええい!僕も誇り高き魔王軍の一員だ!敗れたからには潔く自決する!」

「えっ!?」

「同じ魔族のよしみで、介錯は任せたよ!ツヴァイ!」

「ちょっ……」


 言うが早いか、フロイデは懐からナイフを取り出すと、それを天高く掲げる。そしてその刃を自らの腹に向かって思い切り……ではなく、ゆるゆると近付けていった。


「はぁ、はぁ」


 荒い息遣いの後、ナイフの刃先がフロイデの腹にちょんと触れた。その際にできた傷から、砂粒ほどの血液がプクっと顔を出す。


「あ、あぁ~!!切れた!切れましたぁ~!ホラ、ココ!痛いぃー!痛いよぉー!!」

「…………」


 子供のようにバタバタと地面を転げ回るフロイデの姿を、俺達はしばらくの間冷たい目で眺めていたのだった。


「……これでよし!治りましたよ。他に痛い所はございませんか?」

「……いや、大丈夫。あの、なんかゴメン」


 腹の傷をカタリナに治してもらったフロイデは、ばつが悪そうに彼女に頭を下げた。


「まったく。別に拷問しようってんじゃないんだから、自決なんて選ぶんじゃないわよ」

「う、うるさい!むしろ君たちはどうして僕の傷を治す?僕を生かしておけば、人間側が不利になるような魔道具をまた作るかもしれないんだぞ?」

「それならそれで構わん」


 腕組みをし、そう答えた俺をフロイデはキッと睨み付ける。


「そうかそうか。君たちは僕を馬鹿にしてるんだな?放っておいても大した脅威にならない無能だって……」

「そうじゃない」 


 早口で捲し立てるフロイデの言葉を、俺は遮る。そして、彼を見逃したい俺の真意を話して聞かせた。


「まず大前提として、俺も勇者達コイツらもできるだけ殺生はしたくない。そして、アンタは優秀な発明家だ。だから俺はアンタを殺したくない」


 訝しげにフロイデはこちらを見る。そんな彼の目を真っ直ぐ見返して、俺は続けた。


「道具に良し悪しはあれど、善悪はない。それは使い手の問題だ。だからこの先、平和の為に正しく道具を扱う時代が来たとき、アンタみたいな技術者がいなくなると大きな損失になる。……アンタの作る魔道具の有用性は先ほど見させてもらったしな」

「………」


 少しの沈黙。その後、フロイデは口を開く。


「なんだよぉ、褒めんなよぉ……。馬鹿にしろよ!見下せよ!蔑めよ!!上位種の癖に!四天王だった癖にぃ!……僕に君たちを憎ませてくれよぅ」


 肩を震わせながら涙を流すフロイデは、憎しみとも悲しみともとれる。そんな声を絞り出しながら、その場に崩れ落ちるのだった。

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