シャーデンフロイデ、決着

 壁越しにもわかる絶大な衝撃。しかし。


「……?」


 不思議と押し負ける気がしない。それは勿論、アインス殿から賜ったこの新たな武器、白騎士ヴァイスリッターのおかげもあるだろう。だが、それ以上に俺自身の成長をこの土壇場で感じることが出来た。


『な、何故だ!何故突破出来ない!』


 ギリギリと更に拳を押し付けるシャーデンフロイデ。その機体はさらに前傾姿勢となり、体重の乗った軸足は徐々に地面へとめり込んでいく。だが、俺の展開する防壁はそれを受けて尚、びくともしない。


(フュンフ、ドライ、ミノタウロス、それにアインス殿や道中の魔獣達。彼らと戦った経験が俺の力になっていくのがわかる。だが、なぜこのタイミングで?)


 俺の心の声を聞いていたかのように、ラウロンが進み出る。


「心境の変化一つで飛躍的に成長する。歴戦の戦士には、ままあることじゃ。特にお主はこれまでの戦いで相当な経験を積んできておるからのう。パーツを変えねば強くなれんあちらさんとの大きな違いじゃ」


 彼はそう言いながらゆったりと構えをとる。


「おい!何をする気だ、ラウロン!」

「言ったじゃろ?お主の防御は反撃の狼煙じゃと。……あっ、壁はそのままで頼むぞい」


 まるで散歩でもするかのように、彼はゆるりと前に出る。そして止める間もなく、シャーデンフロイデの拳に向かって掌底を繰り出した。


(どういうつもりだ?相手は壁の向こうだぞ?……いや、あの技は!?)


 俺の脳裏に、以前ラウロンから聞いた話が甦ってきた。

 ある晩の酒の席。いつも通りへべれけになった彼に、俺はある質問を投げ掛けた。


『なあ、ラウロン。アンタが今まで戦ってきた中で、一番苦労したのはどんなヤツだ?』

『そうじゃのう。そりゃ恐らくドラゴンじゃな』

『ドラゴン!?確かソイツの鱗は非常に強固だと聞くが……。それこそ人間の武器など歯が立たないほどに』

『そーなんじゃよ。蹴っても殴ってもびくともしんのじゃ』

『して、そんな強固な鱗をどうやって突破したんだ?』

『なに。ドラゴンだろうが鱗の下は柔らかい内臓じゃ。だから貫通させたんじゃよ。衝撃をな』


 そしてラウロンはまた、ケラケラと笑いながら酒をあおっていた。

 彼がドラゴンを倒す為に生み出した、衝撃を貫通させる打撃。その技の名前は確か……。


龍滅掌りゅうめつしょう!!」


 壁越しに、ラウロンの一撃がシャーデンフロイデの拳を捕らえる。その衝撃は、ヤツの特殊合金の腕へと登っていく。そして。


『んなぁっ!?』


 ビキビキという音と共に、シャーデンフロイデの片腕に亀裂が走った。


『僕のシャーデンフロイデが!僕の最高傑作が!!』

「ありゃ?腕を粉砕するつもりで打ったんじゃが……。歳はとりたくないのう」


 腕へのダメージと驚きで、鋼鉄の巨人は一旦大きく仰け反った。そしてその隙を逃すまいと、今度はミアとカタリナが俺の前に進み出た。


「ツヴァイ様!ここは私達にお任せを!」

「うん!ご主人は魔法を解いて下がってて!」

「あ、ああ」


 言われるがまま防壁展開を解除すると、俺は一歩後ろに下がる。


「お姉ちゃん、お願い!」

「はい!」


 ミアがダーツを構え、カタリナがそれに魔力を込める。これは、ミノタウロス戦で見せた二人の協力技。


魔女の一投ウィッチ・ショット!」


 正確無比なミアの一投がシャーデンフロイデの腕に真っ直ぐ飛んでいく。そのダーツの向かう先は、ラウロンの入れた亀裂。


「魔法を無効化するのは、表面だけ……。だったよね?」

「今なら私の拘束魔法も通用するハズです!」


 ミアによって機体内に撃ち込まれたカタリナの魔法が効いたのだろう。シャーデンフロイデは突然構えていた片腕をダラリと下げた。


『なっ!う、動かない!?……うわぁ!』


 高重量のパーツがいきなり垂れ下がったことで、シャーデンフロイデはバランスを崩す。まるで糸の切れた操り人形のようにヨタヨタと上半身を揺すりながら、ヤツは大地に倒れ込んだ。


『ぐわぁーー!!』

「よっしゃあ!やるじゃない、あの子達!……て、ん?何かしら?」


 仲間達の活躍に、手を叩いて喜ぶイツキの首もとから、プスプスと煙があがる。


「どうした?」

「今の衝撃で魔力の枷のリンクが切れたみたいね。魔法も使えるみたい」


 指先に火の玉を灯すと、イツキはニッと笑う。


「頼れるパーティメンバーの作ってくれたこの千載一遇のチャンス、逃す手はないわよね」

「そうだな」


 俺と彼女は互いに目を合わせると、同時に地に伏す鋼鉄の巨人に向かって駆け出した。


「合わせなさい!ツヴァイ!」

「おう!」


 火、水、地、風。4つの属性が同時にイツキの黒剣シュヴァルツブレイドを包み込む。それらは混ざりあい、また反発しあい、その激しさを次第に増していく。


「あれは勇者様の必殺技、混沌の一撃カオスブレイク!……いえ!?」


 規格外の頑強さと重量を持つ黒剣を、並外れた腕力でイツキは振抜いた。その剣圧は四属性の魔法を飲み込むと、一つの真っ黒な衝撃波となりシャーデンフロイデに襲い掛かる。


「喰らいなさい!新必殺、混沌の衝撃カオスインパクト!」


 同時に、俺も白騎士ヴァイスリッターを構えると、それを旋回させながら遠心力を高めていく。


「ご主人の嵐の斧槍シュトルムハルバーディアだ!……でも、ちょっと違う?」


 今までの経験に従うように、少しずつ旋回の軌道を修正していく。その度、斬撃の鋭さが増していくのがわかる。そして白騎士の軽さと切れ味は、俺の一撃を更なる段階へと引き上げてくれた。

 十分に加速の乗った得物を、俺は一気に振り抜く。その刃先からは、白く鋭い衝撃波がシャーデンフロイデに向かって飛んでいく。


「俺の新たな力!大嵐の斧槍テンペストハルバーディア!」


 黒と白、二つの衝撃波が交差する。その瞬間、技術開発局局長であるフロイデの生み出した最高傑作。魔導機士シャーデンフロイデは一瞬にして粉微塵になったのだった。


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