新たな力

 しばしの沈黙が部屋を支配する。そんな空気に耐えかねたイツキが両手をパチンと打ち鳴らした。


「はい!じゃあ仲直りってことで」

「別に喧嘩していたワケでは……」

「細かいわね。余所様の親子喧嘩に巻き込まれた美少女の気持ちって考えたことある?」

「いや、だから親子喧嘩じゃ……」

「似たようなモンでしょうが!」

「ふっ……ふふふふ」


 俺とイツキのやりとりを見ていたアインス殿が突然笑いだした。


「アインス殿?」

「いや、すまんすまん。なんかお主の姿を見たら気が抜けてしまってのう」

「ならいいのですが。無理はなさらないでくださいね」

「どの口が言ってんのよ。杖つきながら包帯だらけのアンタじゃ説得力にかけるわ。ねえ?おじいちゃん?」

「そーじゃのお」

「なっ!俺はただアインス殿の心配をだな」

「だーかーら!それがお節介だって言ってんのよ!アンタはまず自分の心配をしなさいな!」

「む、むぅ」


 確かに俺の怪我は軽傷とは言えない。それ故、イツキの言葉に反論などできるはずもなかった。そんな俺の様子にイツキは気を良くしたのか、更に語気を強めながら俺を指差して言った。


「ほら!アタシの言う通りじゃない!おじいちゃんも何か言ってやってよ!」

「なっ!?今回はたまたま怪我をしているだけだ!そもそも自己管理と言う点では普段から俺の方が気を使っているハズだ!ですよね!?アインス殿!」

「ほほほ。喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったものじゃのう」


 呑気にそんなことを口走ったアインス殿に、俺とイツキは同時に怒鳴り声を上げた。


「「仲良くない!!」」


 落ち着きを取り戻した俺はアインス殿にペコリと頭を下げる。


「す、すみません!」

「構わんよ。寧ろお主にここまで心をゆるせる友人ができたことを、嬉しく思っておる」

「そうよ?おじいちゃん。ツヴァイのことはこのアタシに任せときなさい?」

「お前は黙ってろ!」

「あーら、怖い怖い」


 のらりくらりとかわすイツキと翻弄される俺。そんな俺達を見て、アインス殿はボソリと呟いた。


「全く……。子供というのは知らぬまに大きくなるもんじゃのう」

「アインス殿?」

「……いや、何でもない。それよりツヴァイよ。先程お主はもっと強くなるとこのワシに宣言したワケじゃが……。その言葉に嘘偽りは無いな?」

「はい!」

「よろしい。ならばちょっとこっちへ来い」


 アインス殿は俺に向かってちょいちょいと手招きをすると、部屋の奥に向かって歩きだした。


「……これは?」


 大きく頑丈そうな長方形の箱。彼の私室の奥に置かれたその箱の前で、俺は首を捻った。その様子にアインス殿はクスリと笑う。


「まあ、なんじゃ。ワシからの餞別とでも思ってくれ。ささ、開けてみい」

「はあ」


 痛む体を無理矢理動かし、俺はその箱をゆっくりと開けた。


「……これは?」


 そこには新品であろう傷一つ無い武器。白く輝く美しい斧槍ハルバードが厳かに横たわっていた。


「お主の為に腕利きの職人に作らせた武器じゃ。本当ならワシの死後、ヒルダを通して渡すつもりじゃったんじゃが……。ま、ええじゃろ。どれ、持ってみよ」


 アインス殿に促されるまま、俺はその白い斧槍ハルバードを手に取る。


「!!」


 軽く、鋭く、頑強。そして何より新品にも関わらず、長年使い古したかのような安心感が手元から伝わってくる。


「素晴らしい作品じゃろう。銘は『白騎士ヴァイスリッター』。希少な鉱石、白銀プラチナを用いた素晴らしい逸品じゃ」

「ヴァイス……リッター」

「特に色が良い。お主、黒ばっかじゃし。ホラ、確か私服も黒ばっかじゃろ?」

「へー。やっぱそうなんだー(笑)」

「おいイツキ!何を笑っている!黒が一番ハズレが無いんだ!」


 俺の私服のセンスに何か言いたげなイツキを見て、武器を握る手に力が入る。その時、ヴァイスリッターの中央に埋め込まれた拳大の宝玉が目に入った。


「む?これは……魔宝珠!?」


 ――魔宝珠。天然の魔力を含んだ希少な宝石で、使用者の魔力を引き上げる効果を持つ。効果の幅は魔宝珠の質によって大きく変化するという特徴がある。


(この純度、そして大きさ。これはもしや……)


 見覚えのある魔宝珠に、俺の視線はアインス殿の持つ杖へと移る。確かアインス殿が戦闘に用いる杖にも高純度の魔宝珠が埋め込まれているハズ……。だが、俺の視線の先。魔宝珠のあるハズの杖の頭には、ポッカリと穴が空いていたのだった。


「アインス殿!もしやこれは……」

「察しがいいのぅ。いかにもそれはワシが使っていた宝珠じゃ」

(あの戦いの時、彼は杖に宝珠をつけていなかった。つまり、アインス殿はベストな装備を欠いた状態で戦っていたということか?やはり俺はまだこの人の足元にも及ばないのかもしれない)


 普段から使っている魔宝珠がここにある。つまりアインス殿の魔法はあれが全力ではなかったのだ。その瞬間、俺はチラリとイツキの方を見る。彼女もその事に気付いたのか、小さく苦笑いを浮かべていた。


「別に手を抜いていたワケではない」


 俺達の心情を見抜いたように、彼は口を開く。


「戦いとは常にベストな状態で始まるとは限らない。地形、装備、体調、メンタル……。様々な要因が複雑に絡み合い、その中で全力を尽くすのが戦いじゃ。じゃから、先日の戦い。ワシは宝珠を持っていなかった。それだけじゃ」

「…………」

「もし納得がいかんと言うのなら」


 そう言って彼は、俺の手に握られているヴァイスリッターを指した。


「ワシが使っていたその宝珠をワシのように……、いや、ワシ以上に使いこなしてみせよ。それが親を越えたなによりの証拠になるじゃろう。ふふ、お主と刃を交えるのは二度と御免じゃからの」


 親を越えた証。もしかしたら、それが欲しくて俺は魔王軍に入り、四天王を目指したのかもしれない。そこに思い至った時、俺はヴァイスリッターを掲げ元気良く返事をしていた。


「はい!俺はコイツの力で……より多くの者を守ってみせます!」


 宣言した瞬間。俺の全身に激痛が走る。


「はぅあっ!」

(しまった!傷口が!)


 力が抜け、俺は膝から崩れ落ちる。そして、そんな間抜けな俺をイツキは部屋まで運んでくれたのだった……。お姫様だっこで。

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