仙才鬼才②

「せめて理由を!俺達がアインス殿と戦わねばならない理由をお教えください!」

「簡単なこと。ワシは魔王軍でお主は勇者の一味。戦う理由としては十分じゃろう。……昨晩はお主の親代わりとして接したつもりじゃ。そしてここからは、魔王軍・四天王が一人、アインスとして戦おう」


 アインス殿は、迷いの無い目付きでこちらを睨む。ずっと前から覚悟していたのだろう。恐らく、俺が勇者パーティに加入したと聞いたその日からずっと……。


「……このことは、ヒルダさんも知っているのですか?」

「いや。ヒルダは今、ワシの魔法でぐっすり眠っておる。……あやつはお主のこととなると見境がなくなるでの」


 言いながら、アインス殿は手にした杖で地面をトントンと叩く。それと同時に、見覚えのある魔法陣が浮かび上がった。


「転移の魔法じゃ。ここでは館やヒルダを巻き込むでの。……さ、乗れ」


 促されるまま、俺は魔法陣に足を踏み入れる。その後ろから、仲間達も続く。


「そいじゃあ行くぞ?……ほい」


 次の瞬間。俺達は広い草原の真ん中に立っていた。


「ここなら邪魔も入らん。さあ、掛かってくるが良い。……我が息子よ!」


 少し離れた位置に立つアインス殿が、俺に向かってそう言った。だが、俺はやはり戦うことなど……

 そんな俺の心境を見透かしたように、彼は口を開く。


「甘いのぅ。……まあ良い。来ぬのならこちらからゆくぞ!」


 アインス殿が杖を振りかざす。するとその先端に赤い光が集まった。


(あれは!アインス殿お得意の……)


「火属性魔法……火炎ブレイズ!」


 巨大な炎の塊が放たれる。完全に虚を突かれた俺は、その火球の前に無防備を晒す。


(しま……)

「なーにやってんのよ!ツヴァイ!」


 火炎ブレイズが直撃する刹那。俺の前に滑り込んだイツキは黒剣シュヴァルツブレイドで炎の塊を真っ二つに切り裂いた。


「うん!いい感じじゃない。この剣!」

「す、すまん」


 こちらを振り返った彼女は真剣な眼差しで俺を見た。


「あんたの気持ちもわかるけど、半端な覚悟でかなう相手じゃない……。そのことはアンタが一番わかってんじゃないの?」

「あ、ああ」

「ならシャンとする!……返事は!」

「お、応!」


 つい、大きな声で返事をしてしまった。そのやりとりにアインス殿は口を大きく開けて笑った。


「ふぉふぉふぉ。さすがは勇者といったところかの。では、これはどうじゃ?」


 いうなりアインス殿は、無数の火炎を乱れ打ちしてきた。だが、イツキも負けじと応戦する。


「ホラホラホラ!」


 高重量の黒剣を、まるで棒切れの様に扱い炎の塊を次々に捌いていく。だが次の瞬間、この距離を一気に詰めたアインス殿の飛び蹴りがイツキの腹部に突き刺さった。


「なっ……」


 完全なクリーンヒットを許したイツキの体は後方に吹き飛ぶ。


「げほっ……何なのよあのおじいちゃん!格闘も行けるの!?」

「アインス殿は強化魔法の腕も超一流だ!きっと自身の身体能力も魔法で底上げしているにちがいない!」

「ふぉふぉふぉ。魔法使いは接近戦が弱いという考えは、今日から改めてもらいたいのぅ」

「ならば格闘家ほんしょくの接近戦も味わってみるか?」


 高笑いをするアインス殿の横から、ラウロンがいきなり飛びかかった。そして、流れるような連打を浴びせる。だが……。


「ほいほいほいほい!」


 瞬発力と動体視力を強化されたアインス殿は、ラウロンの打撃すらかわしてみせた。そして、お返しとばかりに魔法で強化された拳をラウロンに叩きつける。


「甘いわ!山崩し!」


 やはり、というべきか。ラウロンはアインス殿の一撃を、相手の力を利用する投げ技・山崩しで受け流すと、彼を軽々と投げ飛ばした。

 あくまでアインス殿は身体能力を強化しているに過ぎない。技で勝るラウロンの方が、接近戦においては一日の長があるのだ。


「むぅ。やはり慣れないことはするもんではないな。……では、賢者と呼ばれるワシの真骨頂、とくとご覧あれ!」


 アインス殿はそう言うなり、目の前に巨大な水の柱を発生させた。


「……何でしょう?あれ」

「わかんない」


 後衛で支援に徹していたカタリナとミアが首を傾げる。


「濃霧に注意じゃ!複合魔法・幻影の霧ファントムミスト!」


 アインス殿の詠唱と共に、今度は巨大な火柱が水柱に重なるように出現する。そして、水の柱はジュウウゥという音を上げながら、一気に蒸発した。


「……これは」


 まさに、濃霧。火と水の魔法によって擬似的に発生させた霧によって、俺達の周囲は完全に見えなくなった。


「みんな気を付けろ!」

「とは言っても、これじゃあのおじいちゃんも見えないんじゃあ……」


 イツキがそう言いかけた瞬間。細い何かが俺の腕を刺し貫いた。


「ぐぅ!」

「ちょっとツヴァイ!?」

「ツヴァイ様!大丈夫ですか!?」


 霧の中、俺を心配する声だけが響き渡る。


(さっきのは、光線レーザー?いや……)


 俺は傷口周辺に触れてみた。……濡れている。なるほど、細長く圧縮した水流を超高圧で発射し、貫通力を高めたのか。


「ねえ!大丈夫なの?」

「心配するな、イツキ。かすり傷だ」       

「そう……。でも、なんであっちは攻撃が当たるのよ?まさか当てずっぽうってワケじゃないわよね?」

「いや、アインス殿に限ってそんなことはしないハズだ」


 その時、俺の脳裏にある可能性が浮かんだ。


「そうか!アインス殿は固有魔法・千里眼ホークアイの力で俺達の位置を特定しているのだ!」

「えぇ!何よそれ!ズルいじゃない!」

「ズルとかそういう問題では……」

「ひぁっ!」

「ミアちゃん!」


 霧の中、今度はミアの悲鳴が響く。


「大丈夫!嫌な音が聞こえたからギリギリかわしたよ!」

(アイツの勘が鋭くて助かった。だが、このままではジリ貧だ。何とかしなくては)


 その時俺の悩みを吹き飛ばすように、霧の向こうからイツキの声が飛んできた。


「要はこの霧を何とかすればいいんでしょ?アタシにまっかせなさい!」


 それと同時に、イツキの魔力が高まっていくのをビリビリと感じた。

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