おかえりなさい、ツヴァイ君
「こんなところでいきなり転移しては、周りの人が驚いてしまいますね。ツヴァイ君、皆さん。とりあえず町の外れまで行きましょうか」
そう言ってヒルダさんはスタスタと歩きだした。俺達もそれに従って、彼女の後を追う。
「ちょっとちょっと。その、アインス様って?それに、あの女の人もなんでアンタがこの町にいるって知ってたのよ?」
俺の横を歩くイツキが声を潜めて俺に聞く。
「ああ、そういえば言ってなかったな。以前ラウロンには話したのだが、四天王の一人であるアインス殿は、孤児だった俺を拾ってくれた育ての親なのだ」
「ああ。アンタ天涯孤独とか言ってたものね」
「うむ。そして上位種であるアインス殿の固有魔法は
「ふぅん。でも四天王の割には、意外に戦闘向きの能力じゃないのね。女湯覗くくらいにしか使えなさそう」
「とんでもない!アインス殿はその視点を用いて数々の戦いを勝利に導いてきた優秀な指揮官でもある……らしいのだぞ」
「らしい?」
少しだけ語気の弱くなった俺をイツキは見逃さなかった。
「いや実は、それはアインス殿が若い頃の話でな。俺も詳しくは知らんのだ」
「そうなの?じゃあ案外噂に尾ひれがついたなんてことも考えられるわね」
「そ、そんなことはない!それに、千里眼を差し引いてもあの方の魔法は凄まじいのだ……」
ムキになって反論する俺の口元に、イツキは人差し指を当てる。
「アンタがその人を尊敬してるってのはわかるわ。親だもの。当然よね?でも、忘れてない?アタシ達の目的は魔王軍を倒すこと。そのためには四天王の撃破は避けては通れない道なのよ?」
「うっ……。わ、わかっている」
ヤツとの間に微妙な空気が流れる。だがその直後。俺達の前を歩くヒルダさんがくるりと体を反転させた。
「さ、皆さん。この辺でいいでしょう。……では、転移の魔法を使いますので
「あっ!ちょっと待ってくれる?」
ちょいちょいと手招きをするヒルダさんに断りを入れると、イツキは仲間達を周囲に集めた。
「いい、みんな?ツヴァイの顔見知りとはいえ、これから向かうのは四天王のホームよ。一同、気を引き締めて行くように!」
「ほいな!」
「大丈夫です!」
「うん!」
各々が力強く頷くと、ヒルダさんの近くへと歩いて行く。
「それでは皆さん。行きますよ~。……えい!」
気の抜けた掛け声と共に、ヒルダさんは手に持った札を地面に投げつける。それと同時に俺達の視界は、激しい光によって遮られたのだった。
「こ、ここは……?」
気が付くと、俺達は見知らぬ森の中にいた。
「ここはアインス様が所有する別荘の一つです。ほら、あちらでアインス様がお待ちのハズですよ?」
ヒルダさんが指差す木々の隙間から、木造の大きな別荘が顔を覗かせている。
「ささ。ツヴァイ君?こっちですよ~?」
またしても、ヒルダさんは俺達を誘導するように前を歩く。
「皆?気をつけて進むの……よ?」
別荘に近づくにつれ、その全貌が明らかになっていく。そして、別荘の目の前につく頃にはイツキの開いた口は塞がらなくなっていた。
見る者の目を奪うような豪華な飾り付け。木造の館をこれでもかとデコレーションしたその様に、勇者一行の思考は完全に一時停止した。そして何より
『おかえりなさいツヴァイ君!』
太字で力強く書かれた垂れ幕が、別荘の入り口に鎮座している。それだけで、俺としては恥ずかしさが限界突破しているのだが……。
「ねえ?ツヴァイ。アンタ……」
「何も言うな……。察しろ」
プルプルと肩を震わせる俺の心情など微塵も汲み取れていないであろうヒルダさんは、軽快な足取りで別荘の入り口へと進んでいく。そして、ドアをコンコンと叩くと一際大きな声で館の主人に呼び掛けた。
「アインス様!ただいま戻りました!……ツヴァイ君とそのお友達も来ていますよ!?」
その言葉が言い終わる直前。館の中からドタバタと忙しない音が響いた。かと思うと、勢いよく玄関のドアが開け放たれた。そこに立っていた人物。イツキやカタリナよりも、更に一回りは小さい老人。……彼は、紛れもない俺の育ての親。『仙才鬼才の賢者』アインス様その人だった。
「ツヴァイ!よく帰ったのー!」
彼はボサボサの髪を振り乱しながら、俺の元へ駆け寄る。
「お久しぶりです。アインス殿」
「なんじゃ、その他人行儀は?……そんなことより、はよぅ中に入れ!歓迎会の準備は出来とるぞい!……ささ、ご友人達もどうぞ!狭いところですが!」
アインス殿は、俺やイツキ達にそう言うと再び館の中へと駆け足で戻っていった。
「こりゃ!ヒルダや。食糧庫にツヴァイが好きだった菓子があったじゃろ!アレを持ってこんかい!」
「いけませんアインス様!ご飯の前にお菓子など……それにツヴァイ君はそんなものよりこの母の作った料理が一番のハズです!」
「いいや!あの子は昔からアレが大好物だったんじゃ!」
何やら言い争う声が中から聞こえる。菓子が好きだの料理が好きだのより、その内容を旅の仲間に聞かれることが一番恥ずかしい。
「アンタのご両親。……もしかして親バカ?」
「…………」
イツキの一言で、俺の鎧の内部がどんどん暑くなっていくのがわかった。
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