こんにちは、母さん①

 ミアとイツキと俺。獣人と勇者と魔族という、奇妙な組み合わせの俺達は武器屋を去った後、三人並んで歩いていた。


「さて、アタシらの用事も済んだことだしカタリナ達と合流しましょうか」

「そうだな。アイツらは必要な物を買い足したら宿に行くといっていたが……」

「宿!?じゃあ今夜はまともな場所で寝れるの!?やったぁ!」


 宿というワードにおおはしゃぎするミア。……そういえばコイツ、俺達に合流した初日から古城に泊まっていたな。


「よかったわね、ミア。……まあ、たいして大きな町じゃないし、宿泊施設も限られてるわ。だから、あの子達が行ってるのって、あそこじゃないかしら?」


 イツキが指さした先。そこには、ミロスの町で一番大きな宿屋の看板が、これでもかと自己を主張していた。

 看板の指示に従って歩くこと数分。俺達は宿屋の入り口と仲間達、その両方を発見することに成功した。だが、宿屋の入り口にいたカタリナとラウロンの様子がどこかおかしい。


「綺麗な方ですねぇ。一体ツヴァイ様とどんなご関係なんでしょう?」

「それはきっと、昔の……げふんげふん。カタリナ殿。男には色々あるんじゃ。あまり詮索してやるでない。……しかしまあ、『せくしぃ』な『ぼでー』じゃのう」


 宿屋の入り口のドアを少しだけ開け、二人は中を覗きこんでいる。そして、何やら訳のわからない話をぼそぼそと繰り返していた。


「何をしてるんだ、お前達。まるで不審者だぞ?」

「ふふん。全身真っ黒な鎧の大男にそんなこと言われてるんじゃ、よっぽどよ?」

「あっ!ツヴァイ様!イツキ様!」

「お姉ちゃん!ボクもいるよ!」

「ふふ、忘れてませんよ。お帰りなさい。ミアちゃん」


 カタリナに頭を撫でられ機嫌の良くなったミアは、そのまま彼女の足元に抱きついた。


「で、何の話をしていたんだ?」

「それがですな?ツヴァイ殿」


 ラウロンが、まるで国家機密でも話すかのような神妙な面持ちで声を潜める。


「実は先程まで、ワシとカタリナ殿はあそこの道具屋で買い物をしとったんじゃ。そんな時、妙な格好をして、えらく『ぐらまらす』な美女が声をかけてきたんじゃ」

「そのディテールいる?」

「その女はな?『この辺りでツヴァイという体の大きな魔族を見なかったか?』と聞いてきたんじゃよ」

「まあ、怪しいわね。同じ名前ってことも考えられるけど、やたらコイツの特徴とも一致してるし」

「ええ。まあ、ツヴァイ殿の立場もありますしその場は知らないと答えたのですが……。気になってその女の後をつけて来たというワケですわい」


 俺を探す女?心当たりは無い。


「じゃあ、お前達がその扉を覗いていたということは、ソイツが宿屋の中にいるのか?」

「はい!今は宿屋の待合室でお茶をしてます!」

「そうか。なら……」


 一歩踏み出すと、俺もドアの隙間から中を覗き込んだ。その視線の先には、メイド服と呼ばれる特殊な装束に身を包んだ見覚えのある女性が、深緑のロングヘアを揺らしながら優雅にお茶を楽しんでいた。


「…………」

「なによ?やっぱ知り合い?」

「ヒ……ヒルダさん。何故ここに!」


 直後。俺は反射的にドアをバタンと閉めた。


「ヤバイヤバイヤバイ」

「ちょっ、どうしたのよツヴァイ?」


 激しく取り乱す俺の肩を、イツキが力強く掴んだ。そのおかげで、少しだけ冷静さを取り戻す。


「……すまん。彼女の名前はヒルダ。四天王の一人、『仙才鬼才のアインス』の腹心にして……俺の母親代わりだった女性だ」

「「「「えっ!!」」」」


 イツキ、カタリナ、ラウロン。そしてミアまでもが驚きの声をあげた。


「おや?ミアには話したことがなかったか?」

「初耳だよ!アインス様に育ててもらったってことは前に聞いたけど……」


 衝撃のあまり、プルプルと耳を震わせるミア。今度はイツキが割って入る。


「でも、母親代わりってことはアンタが子供の頃から面倒見てもらってたんでしょ?計算が合わなくない?若すぎるでしょ」

「彼女は龍人りゅうじんの血を引いている」


 ――龍人。遥か昔、ドラゴンと人の間に産まれたとされる特殊な種族である。真偽のほどは定かではないが、人間の姿形でありながら、龍の特性を併せ持つのが特徴である。


「あの種族は基本的に長命だからな。実際あの人も見た目よりかなり年齢がいってる……」


 その直後。宿屋の扉が勢いよく開かれた。


「あらあら~?今、ツヴァイ君の声が聞こえたような~」

(しまった!ヒルダさんは耳もいいんだった!)


 硬直する俺を、ヒルダさんの視線が貫く。


「あっ!ツヴァイ君だぁ~。……ところで今、私の年齢について何か言ってませんでしたかぁ~?」


 幼少期より刷り込まれ続けたヒルダさんの圧力プレッシャー。その圧力に、俺の脳内は一切の抵抗をやめるのだった。


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