伝説の武器②
「で。どんな噂よ?」
「へ?」
「アンタ達言ってたじゃない。『噂とは随分違う』って」
「ああ」
武器屋と防具屋は顔を見合わせると、どちらともなく勇者の噂について話し始めた。
「ええと。アッシが聞いたのは、勇者は身の丈三メートルはある大男だと」
「そんなワケないじゃない。……次」
「オイラは町中の食料を食らいつくした食欲の権化だと聞いたのだが」
「ごはんは大盛四杯が限界よ。……次」
「確か、素手で分厚い鉄の板を飴細工のように曲げられるとの噂も」
「それは、まあ……出来るけど。……次」
「夜一人でトイレに行けないと言うのは本当か?」
「さ、流石にもう大丈夫よ……って、ツヴァイ!何でアンタがそれ知ってんのよ!?」
「いや、以前ラウロンに聞いたもので……」
つい好奇心からそんな質問をしてしまったが、悪手だったようだ。顔を赤くしてこちらを睨み付けるイツキの視線から逃れるように、俺は強引に話をねじ曲げた。
「そういえばイツキ!お前、武器を探しに来たのだろう?」
「あっ!そうだったわね。忘れてたわ」
俺の言葉に彼女はケロリと態度を改めた。そして、新たな剣を求めて店内を物色し始める。
「ん~。イマイチびびっとくる物がないわねぇ」
「あのぉ~。それでしたら、勇者様に是非ともご紹介したい商品がございますが……」
キョロキョロと店内を見回すイツキの背後から、武器屋の店主がおずおずと声をかける。
「あら?何かしら」
「こちらでございます。初代勇者・ゴルドン様が愛用されていた伝説の武器・セイントソード。……どうです?美しいでしょう?」
そういって武器屋は、白く輝く刀身を持つ美しい剣を俺達の前に差し出した。
「伝説の武器ぃ?何でそんな大層なモンがこんな武器屋にあるのよ?」
「いや、厳密にいうとコレはゴルドン様の武器のレプリカになります。オリジナルは既に使いふるされて、剣としての機能を失っていますので。しかしこのレプリカは、セイントソードの軽さや切れ味を忠実に再現出来ているはずです。これも武器製作技術の発展の賜物ですね」
「ありがたーい伝説の武器も、今じゃ量産できるってワケ。……いい時代になったものね」
イツキは皮肉まじりにそう言うと、店主からセイントソードを受け取った。そしてしばらく、刀身を眺めたり軽く上下に振ってみたりと、伝説の武器の使用感を入念に確かめた。だが、しばらくすると、イツキはセイントソードを鞘に収め、それをこちらに向かってズイと突きだした。
「ダメね。パス」
「ええ!?伝説の武器ですよ?勇者様!」
驚く主人の横で、俺もセイントソードを確認する。薄く、羽のように軽い刀身。おそらくだが、切れ味も相当だろう。
「なるほどな。イツキが嫌うワケだ」
「どういうこと?ご主人。すごい剣じゃないの?それ」
「ああ。素晴らしい出来だ。さぞかし腕のいい職人が鍛えたのだろう。だが……繊細過ぎる」
「へ?」
ミアがポカンと口を開ける。
「こんな上品な剣は、アイツの破天荒な剣技についてこれん。きっと一日と待たずに綺麗な鉄屑になるだろうさ」
「ふーん」
俺はセイントソードを主人に返すと、再び店内を物色するイツキのもとへと歩いていった。
「どうだ?何か気に入ったモノはあるか?」
「ぜ~んぜん。……そうだ!ツヴァイ!アンタも選んでよ」
「俺が?だが、俺は長物専門だぞ?」
「いーのよ、参考にするだけだし」
「そうか?なら……」
ぐるりと店内を見渡す。そんな俺の目に、一本の黒い剣が飛び込んできた。店の端、そこに押し込まれるように折り重なっている武器達の中の一本が。
セイントソードとは真逆。黒い刀身に重量感のある全体像。どこかシンパシーを感じるその剣が、俺はどうも気になったのだ。
「あれ……なんかどうだ?」
「ん?どれどれ?……ふふっ。アンタらしいわね。全身真っ黒で武骨な感じ!なによ?自分重ねちゃったのかしら?」
「そうではない!ただ、なんとなく気になっただけだ!」
「……ふぅん」
急に真剣な顔つきになったイツキ。そのまま彼女は、その黒い剣を手に取った。
「……へぇ」
その直後。後方から武器屋の店主が小走りでこちらに駆け寄ってきた。
「勇者様!お気に召す商品はございましたでしょうか?……って、その剣はやめた方がよろしいですよ?」
開口一番、そんなことを言った店主に俺は聞いた。
「何故だ?ただの剣ではないのか?」
「はい。あれの銘は『
「
聞いたことがある。世界最強の硬さを誇る希少な鉱物・黒金剛石。だが、俺の記憶が正しければそれは……。
「はい。旦那もご存知かとは思いますが、黒金剛石はその質量故、重さも他の鉱物とは一線を画します。その為、その剣は並の戦士では振るうことすらままなりません」
「成る程」
「最も頑丈な刀剣を目指し作られた武器ですが、その実使用できるものも現れていないのが現状です。所謂売れ残りですな。ま、ウチは他にも色々取り揃えているので……」
ペラペラと語る店主の目の前をイツキが横切る。その手には、
「お、おい。イツキ」
俺の制止も聞かず、彼女は店の外に出る。そして、その場で剣を二度三度と振ってみせた。
「うん……うん!」
四度、五度。その太刀筋は次第に洗練されていく。そして気が付く頃には、彼女はそのあまりにも重い剣を使って、見事な演武を披露していた。
「うん!気に入ったわ!……アタシ、コレにする!」
その一声に、店内にいた店主が慌てて飛び出してきた。
「勇者様!お言葉ですがその剣は売れ残り。今まで使う者がいなかった失敗作です!やはり私どもがご提案する伝説の剣を使用なさるほうが……」
「じゃあ聞くけど、そのセイントソードとかいうのは、最初から伝説の武器だったのかしら?」
「へ?」
イツキは黒剣を鞘に収めると、その剣を軽々と肩に担いだ。
「違うでしょ?初代勇者が使ってたから……。ゴルドンとかいう人が、その剣で伝説を残したからこそ、そう呼ばれるようになった」
「た、確かに」
「伝説の剣だから何かを成せる訳じゃないのよ。何かを成した者の使っていた剣が伝説になるの。だからさ、アタシは
そう言って高笑いするイツキを前に、武器屋の店主は何度も何度も頭を下げていた。
「ねえ、ご主人?」
「なんだ?」
「悔しいけど……勇者ってなんか、凄いね」
「……そうだな」
柄にもなく、そんなことを口走ったミアの頭を俺はくしゃくしゃと撫でる。彼女も、俺の行為に抵抗することなく、ただただ目を細めるのだった。
「いやー、いい買い物したわ。でもタダで良かったのかしら?コレ」
武器屋からの帰り道。イツキは肩に担いだ黒剣を眺めながら呟く。
「店主がいいと言っていたのだ。ありがたく使わせてもらおう。それに売れ残りらしいしな。問題ないハズだ」
「あらそう?ラッキーだったわね!」
そんなことを言いつつ、彼女は小躍りしながら俺の前を行く。
(俺も持たせてもらったが……。あの剣、相当な重量のはずなんだがな)
近い将来、イツキとあの剣が本当に伝説を作る。そんな予感をあの小さくも大きい背中から感じつつも、俺とミアは彼女の後ろをついていくのだった。
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