伝説の武器①

「ホラ!こっちにしときなさいよ!」

「ヤダ!可愛くないもん!ボク、こっちがいい!」

「なんだかんだ仲がいいよな。アイツら」


 武器屋にズラリと並んだ様々な投矢ダーツ。その前で、イツキとミアが揉めていた。

 一口に『マジックダーツ』と言っても、その種類は様々だ。威力、命中精度、デザイン、価格……。判断材料はいくらでもある。が、それ故に迷うこともしばしばだ。まあ、それは武器に限った話ではないのだが。


「可愛さなんてどーでもいいでしょうが!どうせ最後はぶん投げるんだから!やっぱ機能性よ機能性!デザインなんて糞食らえだわ!」

「そんなことない!見た目も重要だよ!」


 ぎゃーぎゃーと言い合う二人を俺は遠目から眺める。


(イツキの言うことにも一理あるが、いかんせん口が悪い)


 そんな俺の背後から、小太りな男……もとい、この武器屋の店主が声をかけてきた。


「いらっしゃいませ、旦那。本日は娘さんの武器をお探しで?」

「いや、あれは娘では……」

「まあ、物騒な世の中ですからね。護身用の武器くらい、あの年代の子にも必要ですよ。いや、お父様は防犯意識が高い!」

「あの、だから……」

「それにしても奥様もお若いですな。いやぁ、羨ましい!ウチの家内なんて……」


 俺の話を無視して、捲し立てる武器屋の店主。そんな彼の頭を、長身の男がバシッと叩いた。


「おい!武器屋の。いい加減にしねえか!旅の方ってのは色々あんだよ!オイラ達はただ、求められた武器や防具を適正な値段で提供する……そういうモンだろが!」

「防具屋の。あ、いや……すまねえ。旦那も悪かったな。いきなり話しかけちまって」

「いや、いいんだ」


 しゅんとして頭を下げる武器屋の店主。俺はそんな彼への慰めもそこそこに、防具屋と呼ばれた長身の男の方に話を振った。


「ありがとう。助かった」

「へへ、構わねえよ。獣人の子供に若い女、それに鎧の大男。ただの家族にしちゃあ、妙な組み合わせだ。きっとアンタらも何か脛に傷のある団体なんだろう?」

「いや、別に俺達に犯罪性は……」

「みなまで言うな!わかってる。オイラ達はこういう商売だ。そこらへんは気にしない」

「だから……」

「大丈夫!あっちの武器屋だってこれ以上は詮索しねえよ!安心してくれ!」

「…………」


 こっちはこっちで、話を聞かないタイプらしい。

 はぁっ。と兜の隙間から溜め息を漏らす。そんな俺に、いきなりミアが飛び付いてきた。


「ご主人ご主人!聞いてよ?勇者がね?あっちの投矢にしろって言うんだ!ボクはこっちのがいいのに」

「だから、アンタにはこっちの方が絶対に合ってるって。別にイジワルで言ってるんじゃないわよ!」


 後を追うようにこちらへ来たイツキ。俺は諭すように、彼女に向かって口を開いた。


「イツキ。お前の言い分もわかる。だが今回は、ミアの武器を選びに来たんだ。どうだろうか?ここはあの子の意見を尊重しては?」

「……そう、よね。ゴメン。アタシ、ちょっとムキになっちゃってたかも。ミアもゴメンね。意見を押し付けるみたいなことして」


 ペコリとイツキは頭を下げる。そんな彼女の姿を見たミアは、少し考えるような素振りを見せた後、にこりと微笑んだ。


「ううん。勇者だってボクの為を思って考えてくれたんだもんね?だから気にしてないよ?」

「ミア……」


 ミアの言葉にイツキは顔を上げる。だが、ミアはその直後に、ニヤニヤと口元を歪ませた。


「ただ勇者はちょっと、センスというか……女子力が無いんじゃないかなぁ?」

「なっ!?」

「そんなんじゃモテないよ?」

「下手に出てりゃあ……。調子に乗るんじゃないわよ!」

「ぎゃっ!」


 イツキはミアの頭を掴むと、そのままヘッドロックの態勢へと移行する。


「いだだだ!でちゃうでちゃう!脳ミソかそれに準ずるモノが出ちゃうよぉ!」

「ほらほら!お得意の女子力とやらで防いでみなさいよ!」


(あれはじゃれてるだけ。あれはじゃれてるだけ……。)


 これ以上の深入りは、我が身にも危険が及ぶ。俺はあくまで、事が丸く収まったと強く自己暗示をかけ、武器屋の店主の方を見た。


「待たせたな。あの投矢が欲しいのだが……」


 そう言いかけた俺の顔を、武器屋と防具屋の店主が目を丸くして見つめていた。


「スキあり!」

「あっ!」


 その直後。イツキのヘッドロックから逃れたミアが頭を抑えながら、俺の体にもたれかかってきた。そんな彼女に防具屋の主人は、半信半疑といった様子で質問を投げ掛ける。


「あの~、お嬢ちゃん?その『ご主人』てのは何かの真似かな?そういう遊びでも流行ってるのかい?」

「違うよ?ボクはご主人のお嫁さんになるんだ。だから、将来のご主人様を今からそう呼んでるんだ」

「へ、へえ~」


 彼がひきつった笑いでこちらをみる。


「幼女……ご主人……変態……」


 ブツブツと不名誉な言葉の羅列が防具屋の口から漏れ出す。……これは非常に良くない流れだ。


「いや、あの子はだな……」

「だ、大丈夫!オイラ達はプロ!……そういうアレは、その……大丈夫だ!」

「大丈夫な奴の狼狽えかたじゃないんだよ!」


 目を白黒させながら汗を流す防具屋の肩を、今度は小太りの武器屋が叩いた。


「防具屋の!そんなことより……」

「おい。人の性癖をそんなことで済ますんじゃない」

「あっ、すまねぇ。……じゃなくて。あの子、さっきからあっちの若い娘を『勇者』って呼んでなかったか?」

「そういえば……。だが、本物の勇者か?噂とは随分違うようだが」

「失礼しちゃうわね?このアタシを偽物扱いかしら?」

「いや、そういうワケじゃ……って、うわぁ!」


 肩を突き合わせ、ひそひそ話をする二人の間にイツキはヌルリと滑り込んでいた。そして、驚きの声をあげる彼らに向かって、紋章のあしらわれたペンダントを仰々しく掲げる。


「この紋章が目に入らぬかぁー!……てね」

「イツキ。なんだ?それは」

「王家の紋章よ。旅先で身分の証明に使いなさいってドケチな王様が唯一貸してくれたのよ」

「お前達も苦労してたんだな」


 イツキが取り出した王家の紋章。その効果は絶大だったようで、彼女を勇者かと疑っていた武器屋と防具屋も互いに顔を見合わせると、彼女に向かって深々と頭を下げるのだった。

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