一家団欒②

「ふぅー。ごちそうさま!」


 ひとしきり食事を済ませると、イツキは機嫌がなおったのか、俺の腕を離して自らの腹をポンポンと叩いた。


「そいつは良かったな。こっちは誰かさんのせいで満足に腕も使えなかったぞ」

「もぅ、心が狭いゾ!お義兄にいちゃん♡」

「それやめろ!」


 からかうように笑うとイツキは、同じく食事を済ませたミアとカタリナの腕を掴んで立ち上がった。


「さ、アンタ達も疲れたでしょ?もう部屋は見繕ってあるから、さっさと休みましょう。じゃ、女子はこっちだから」

「離せ!ボクはご主人と一緒の部屋がいい!」


 イツキの腕を振りほどこうと、ミアはバタバタと暴れた。だが、イツキは手際良く彼女に間接技をかけると、ギリギリと締め上げる。


「ほーら、アンタはこっちよ。一晩かけて勇者様の偉大さを教えてあげるから、一緒に寝ましょ?」

「いーやー!」


 ズルズルと引き摺られるミア。そんな彼女と共に部屋を出ようとしたイツキは、ドアの前でふとこちらを見た。


「ツヴァイ!ラウロン!アンタらも疲れてるでしょうから、今日はさっさと寝なさいよ!じゃあ、お休み」

「ご主人!助けて!ご主じ……」


 喚くミアを担ぐと、イツキは誘拐犯の様な立ち振舞いで部屋を出ていった。


「それでは私もこれで……。あの、ツヴァイ様、ラウロン様。本日は本当にお疲れ様でした!」


 ペコリて頭を下げ、カタリナも部屋を出ていく。そんな彼女の後ろ姿を見送りながら、ラウロンはゆっくりと立ち上がった。


「さてと。じゃあワシらも部屋に行くとするかのう?」

「そうだな」


 俺は頷くと、寝室に向かうラウロンの後についていった。

 イツキ達が出ていった方向とは逆の扉から俺達は廊下に出る。そして、そこからすぐの突き当たりを曲がると、ラウロンは立ち止まった。


「ここじゃ。その辺の部屋は全部寝室になっておる。ま、適当に決めてくれ。簡素なつくりじゃが一晩凌ぐには、十分じゃろ」

「そうだな、ではあそこにしよう」


 一番手前の部屋。俺はそこに泊まろうと決めると、ドアノブに手を掛けた。だが。


「……何の用だ?」

「いやぁ。たはは」


 入室しようとする俺の後ろにラウロンはピッタリとくっついていた。その様子に、訝しげな視線を目の前の老人に送る。


「部屋は他にもあるだろう?」

「なに。寝る前に一杯やろうと思ってな?一人で呑むのも寂しかろう?じゃから話し相手にでもなってもらおうと考えたんじゃが……ダメ?」

「イツキにも言われたろう、早く休めと」

「ほほほ。そうじゃな。勇者殿に見つかれば大目玉じゃ。じゃから……ホレ」


 ラウロンは酒瓶を片手にグラスを差し出した。


「お主にも共犯になってもらおうと思っての」

「……一杯だけだぞ」


 せっかくのお誘いだ。無下にするわけにもいくまい。それに何より、俺は酒が嫌いじゃない。


「……でな?その時、鳥のフンが勇者殿の頭に直撃したんじゃよ」

「ハハハ。イツキの奴、相当怒ったんじゃないか?」

「それはもう。顔をこーんなにして息巻いておったわい」


 窓から差し込む月明かりの下。俺達は今日の話を肴に酒を酌み交わした。お互い別行動だったこともあり、興味深い話も多い。


「しかし、流石だな。ミアの探知能力無しで無事だったのだろう?」

「まあ勇者殿は色々尊厳を失ったがの」

「ぶふっ!……まあ、それはおいといてだ。やはりアンタはただ者ではないな。そういえばリマの町の町長もアンタのことを『伝説の格闘家』などと言っていたが」

「なあに、若気の至りってヤツじゃよ。昔にしたヤンチャに尾ひれがついただけじゃ。酒の席で自慢するような話でもないわい」

「謙虚だな」

「そんな立派なモンでもないぞ?『説教』『自慢話』そして『昔話』。この三つは酒の席で年寄りが若者に最も煙たがられる話じゃ。ワシはただ、若者に嫌われたくないだけのジジイじゃよ」

「なるほどな。……フハハ」


 彼のそんな態度を見て、俺の脳裏にはある一人の人物が浮かんだ。そんな俺の変化をラウロンは目敏く見抜くと、首を傾げる。


「なんじゃ?急に笑いおってからに。ワシは大真面目じゃぞ?」

「いや、すまない。アンタがちょっと知り合いに似てたものでな」

「ほぅ。それはさぞかしイイ男なんじゃろうな」

「そうだな、素晴らしい人物だ。別に顔は似てる訳じゃないんだが、雰囲気というか言動というか……。まあ、とにかく似てる」

「うむむ。そこは否定してくれんと、ワシが恥ずかしいじゃろ。案外ツヴァイ殿も天然なんじゃな。……して、その人物とは?」


 鼻の頭を赤くしたラウロンが身を乗り出す。


「……四天王の一人。『仙才鬼才せんさいきさいの賢者』アインス殿。……俺の親代わりになってくれた人だ」

「!?」


 ラウロンの手がピタリと止まる。そして数秒の後。真剣な顔で口を開いた。


「四天王の一人が親、か。そういえば天涯孤独だと申していたのう?」

「ああ。俺は昔、親を亡くした魔族が集まる施設で暮らしていてな。そこで俺の上位種としての才覚をアインス殿が見出だしてくれたのだ」

「なるほどのぅ。……じゃがツヴァイ殿。この旅は」

「わかっている」


 ラウロンの言葉を遮ると、俺は手にしたグラスを一気にあおった。


「勇者一行の目的は四天王を倒し、魔王城へ行くこと。いずれアインス殿ともぶつかるだろう。だが、この件に関しては必ず整理をつける。だから少しだけ、待っていてくれないか?」

「……そうじゃな」


 ラウロンも手元の酒を一気に飲み干し、にこりと笑う。


「あまり根掘り葉掘り聞くのも年寄りが嫌われる要因じゃしな。……では、寝るとするか。あまり遅くまで起きていると、ワシらの墓がミノタウロスとの共同墓地にされてしまうでの」

「縁起でもないことを言うな!……だが、ありがとう」


 ラウロンはフラフラと立ち上がると、よろめきながら自室へと帰っていった。俺もそんな彼を見送ると、さっさと床につく。

 その日は、久しぶりに懐かしい夢を見た。四天王の一人・アインス殿と過ごした、子供の頃の夢を……。

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