四天王の矜持

 ――嵐の斧槍シュトルムハルバーディア。神出鬼没のフュンフとの戦いでも使用されたこの技の本質は、周囲への範囲攻撃ではなく、一撃の重さにある。

 斧槍ハルバードを振り回す動きはあくまで予備動作。本命は遠心力によって加速度の乗った、重く速い止めフィニッシュだ。事実俺は、この技で多くの強敵を屠ってきた。だが……。


「ウモオォォォ!!」

「やはり立つか。迷宮の主よ」


 壁にまで吹き飛ばされたことで冷静さを失ったのか、ミノタウロスは狂ったように叫びながらこちらに飛びかかってくる。


「くっ!」


 まるで重量物ハンマーを持っている者の動きとは思えない速度で、ヤツは攻撃を繰り返す。


(もはや野生の魔獣の域を遥かに越えている!これが多くの人間を喰らって得た力だと言うのだから……堪らんな)


 時に受け流し、時にかわす。ミノタウロスの攻撃をやり過ごしながら俺は、逆転の一手を狙う。

 その時ふと、視界の端にケガを負ったカタリナの姿が写った。


(俺は、勘違いをしていた。仲間を守る……その意味を)


 普段の戦いならば、俺の役目は敵の攻撃を防ぐことだ。そうすれば、イツキやラウロンが反撃してくれる。だが、今は違う。攻めに長けた二人を欠いた状態で守勢に回ったところで、それはただの延命に過ぎない。


(今の俺にできること……。それは)


 前に出て戦うこと。彼女達を傷付ける要因を排除すること。壁を造るだけなら、大工にだってできる。


(思い出せ!を!)


 パーティで戦うことを否定はしない。俺自身、その有用性は身をもって実感している。だが、今は。今だけはあの頃に戻ろう。一人で戦うことを前提としていた、四天王時代あの頃に。


「フン!」

「モオォ!」


 攻撃の間を狙い、ミノタウロスの腹に掌底を叩き込む。斧槍ハルバードの一突きを受け止める鋼の身体だ。効かないことはわかっている。だが、俺の狙いは別にあった。


盾の打突シールドバッシュ!」


 掌に圧縮した防壁展開ディフェンスウォールを、打撃と共に一気に解放する。放射状に広がる俺の魔法に押しやられ、ミノタウロスはよろめきながら、後方へと下がると尻餅をついた。

 ただ頑丈な壁で強く押しただけ。ダメージはほぼ無い。だが、『崩し』としての役割は十分に果たした。


「覚悟はいいか?……喰らえ!」


 俺は普段の戦いで、固有魔法以外の魔法を使うことはほとんど無い。使えないのではない。使わないのだ。理由は単純、あまりに不器用だからだ。

 まず大前提として、俺は地属性魔法しか使えない。イツキのように、様々な魔法を用途に応じて使い分けるなど、とてもじゃないが不可能だ。そのうえ魔力の変換効率も悪く、使用した魔力に対してあまり魔法の威力があがらない、極めて不器用な男。それが俺だ。

 だが、目の前の怪物にペース配分など必要無いことは、今までの攻防で十分に理解した。そして幸いなことに、俺には長時間防壁を張り続けても問題ない程の、絶対的な魔力量がある。つまり、多少変換効率が悪かろうが残りの魔力を消費すればあの化け物を倒すには十分な威力を確保できるハズ。

 以上の二点から、俺はをミノタウロスに放つ事を決意した。


大地の抱擁ボーデン・エンブレイス!」


 俺の掛け声と共に、尻餅をついているミノタウロスの両隣から、固く巨大な岩の壁がせりあがった。


「タスケテ!シニタクナイ!」


 本能的に危険を察知したのか、ミノタウロスは喚き散らしながら立ち上がろうともがく。だが、その直後。


「イヤ……」

『グシャリ』


 断末魔もろとも、巨大な岩壁がヤツの身体を挟み潰した。


「皮肉なものだ。ヤツは最後の最後に、自分の操る言語の意味を理解したのだろう」


 手強い相手だった。もう魔力も残っていない。


「……さて、こんな城内に死体を捨て置く訳にもいかないな。一応、埋葬だけでもしてやろう」


 俺がそそり立つ二枚の岩壁に近づいたその時。


「ダメ!ご主人!そいつ生きてる!」

「なっ!?」


 次の瞬間、岩壁にビキビキと亀裂が走る。そしてその中から、満身創痍のミノタウロスが飛び出してきた。

 牛の頭部は醜く潰れ、片腕はあらぬ方向に折れ曲がっている。全身血塗れのソイツを見た時、俺は反射的に止めを刺しに斧槍を振りかぶっていた。


「今度こそ終わりだ!」


 だがそれより早く、ミノタウロスは腰に巻いた布の裏から一枚の札を抜き取ると、俺の眼前に向かって投げつけた。


「何を……?」


 そう思った次の瞬間。俺の網膜を、強烈な閃光が襲った。


(しまった!目潰し用の魔道具を仕込んでいたのか!)


 あまりの驚きに、俺は斧槍をその場に落としてしまう。そのうえ視界まで奪われた俺は、

 ただただ頭をガードしてヤツの反撃に備えるしかなかった。


(ヤツも満身創痍だが、素手で俺を殴り殺すくらいの膂力はまだあるだろう。……一歩及ばず、か)


 半ば諦めのような心境で衝撃に備える。そして数秒後、その時は訪れた。


『ゴツン』

「あ?」


 あまり、痛くない。いやむしろ、弱いとさえ感じる。とにかく距離をとらねば。せっかく拾ったチャンスだ。


「ウモオォォ?」


 狼狽えるミノタウロスからバックステップで距離をとる。すると次第に視界が戻ってきた。


「一体何が起こった?……あれは、ダーツ?」


 こちらに追撃をしようと迫るミノタウロス。ヤツの身体には、真新しいマジックダーツが二本、突き刺さっていた。


「ミアか?……だが」

「ツヴァイ様ぁー!ご無事ですかー!」


 カタリナが俺を呼ぶ。


「私の弱体化デバフ魔法をダーツに付与しました!味方の強化だけが支援じゃありませんから!」

(成る程。マジックダーツを介し、体内に直接弱体化デバフを撃ち込むことで、普通よりも高い効果が得られたのか!)

「そしてご主人!これは……防御ダウンのダーツだ!」


 ミアの投げたダーツが、今度はミノタウロスの脇腹に刺さる。


「ウモオォォォ!」

「来い!」


 お構い無しに殴りかかってくるミノタウロスと、それを迎え撃つ俺。計らずもクロスカウンターとなったその勝負の明暗は、カタリナとミアの手によって分けられた。


「グ、オ……」


 完璧な手応え。そしてミノタウロスは膝から崩れ落ちた。直接殴ったからこそわかる。ヤツは今、ようやく息を引き取ったのだと。


「結局、仲間達の支援があって、なんとか薄氷の勝利か。やはり俺は四天王最弱らしい……だが、こういう連携も悪くはないな」


 ようやくの勝利に気が抜けたのだろう。気が付くと、俺はその場に大の字で横になっていた。

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