迷宮の主②

「ぐおぉぉ!」


 激しい唸り声と共に、ミノタウロスは正面に立つ俺に飛びかかった。

 防壁を破壊された隙を突かれた俺は、堪らず手にした斧槍ハルバードでヤツの攻撃を受け止める。


「くっ!……重い!」


 巨大ハンマーの重量×ミノタウロスの腕力。その圧倒的な圧力に、俺は少しずつ押し込まれ始めた。


「ぐ、ぬおぉぉ!」

「ツヴァイ様!今助けます!」


 カタリナはすぐさま魔法を唱える。それは、幾度となく世話になってきた、身体強化の補助魔法であった。

 眩い光が、俺の身体を包み込む。それと同時に、力が全身に漲り始めた。


「うおぉぉぉっ!らぁっ!」


 全身を連動させ、ミノタウロスのハンマーを押し返す。反対に、突然大きな力で突き飛ばされた形になったミノタウロスは、丁度万歳をするような体勢で後方によろめく。


「ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!」

「ミア!」

「任せて!」


 一瞬の隙を突き、ミアはミノタウロスの眉間にマジックダーツを突き刺した。そして、その着弾地点からは、小さな炎が燃え上がる。


「ウモオォォォ!!」

「好機!」


 未知なる熱さと痛みに悶えるヤツの腹に狙いを定めると、俺は深く腰を落とした。そして斧槍の先端。槍にあたる部分で、ミノタウロスの腹を思い切り突き刺した。……だが。


「くっ!……硬い!」


 ヤツの異常に発達した筋肉は、俺の刺突を正面から受け止めた。人間のモノとは似て非なるミノタウロスの筋繊維。その太く、頑強な筋繊維が刃物の突き込みを妨げ、結果は薄皮一枚裂いただけに終わった。


「イタイ!イタイ!」

「ならもう少し痛そうにしたらどうだ?……ぬおっ!」


 ミノタウロスは、自らの腹に刺さる斧槍の先端を掴むと、それを軽々と持ち上げた。当然、反対側で柄を握る俺ごとである。

 そして、まるで子供が玩具の剣で素振りでもするように、無造作に斧槍を叩きつけた。


「カハッ!」


 城の床に衝突した俺は、一瞬意識がブラックアウトする。


「ご主人!危ない!」

「ハッ!」


 ミアの呼びかけで、顔をあげる。そこには、ミノタウロスの振り下ろす巨大なハンマーが眼前に迫ってきていた。


防壁展開ディフェンスウォール!」 


 間一髪、防御が間に合った。だが、相手は刃物を通さぬ筋肉の持ち主。そんな輩が、その膂力をもって絶えず俺の防壁を叩き続けている。


(じり貧だ……このままでは)


 張り巡らせた防壁で、今は何とか凌いでいる。だが、嵐のようなミノタウロスの連打から逃れるタイミングなど、存在しない。


「ウモオォォォ!」

「調子に……乗るなよ!」


 被弾覚悟で防壁を解除しようと決心した次の瞬間。ミノタウロスの肩に、二本のダーツが突き刺さった。


「ご主人を……いじめるなぁ!」

「やめろ!ミア!」


 ダーツの持ち主。ミアがミノタウロスに向かって叫ぶ。それがヤツの気に障ったのか、それとも後衛から潰したほうが効率的だと判断したのか。それはわからない。だがヤツは、俺への興味を失うと、ミアの元へハンマーを片手に走りだした。


「ひぃっ!」

「ぐおぉぉ!」


 ダーツから燃え上がる炎など意に介さず、ミノタウロスは一直線にミアを目指す。


「ユルシテ!ユルシテ!」


 不気味に人間の言葉を繰り返すミノタウロス。ヤツは、勢いよくハンマーを振りかぶると、恐怖で足のすくんだミアに向かってソレを叩きつけた。


「きゃっ!」

「危ない!」


 間一髪。彼女を救ったのは、カタリナだ。ハンマーがミアに直撃する寸前、彼女は横から滑り込むとミアを抱き抱え、ミノタウロスの攻撃をギリギリの所でかわしたのだった。


「大丈夫ですか?ミアちゃん」

「あ、ありがと……、っ!血が!」


 カタリナの頭からは一筋の血が流れていた。ミノタウロスの攻撃で飛び散った石材が頭に当たったのだろう。


「なんで?ボク、生意気いっぱい言ったのに」

「言ったではありませんか。私達は仲間だって。仲間を守るのは当然のことです。……ですからきっと、ツヴァイ様も私達を守ってくださいます」

「ご主人が?」

「はい!だから、私達は私達に今できることをしましょう!」

「そう、だね。うん。きっとそうだ」


 ……不甲斐ない。何が騎士道だ。何がチームの盾だ。俺は自分を守る事に必死で、仲間を危険に晒した。本当に頭にくる。

 俺は立ち上がると、斧槍をぐるぐると振り回し勢いをつけた。そして、二撃目をカタリナ達に見舞おうと、彼女達の背後から忍び寄るミノタウロスの脇腹に、遠心力の乗った斧槍の先端を思い切り叩きつける。


嵐の斧槍シュトルム・ハルバーディア!」

「グアアァーー!」


 悲痛なうめき声と共に、ミノタウロスの体が吹き飛ぶ。そして、ヤツは部屋の壁に衝突し、石造りの壁はガラガラと崩れ落ちた。

 ……本当に腹が立つ。だが、ミノタウロスが人を襲うのは、ある意味ヤツの生物としての本能でもある。そこはしょうがない。だからこれは、この怒りは。仲間を守れなかった不甲斐ない自分に対する、幼稚で恥ずかしい、自己嫌悪からくる怒りなのだろう。


「ぐ、ぐおぉ。」


 砂埃がはれ、崩れた石壁の上に横たわるミノタウロスの姿が顕になる。俺はそんなヤツに、斧槍の切っ先を突き付けた。


「立て、迷宮の主よ。……悪いが、付き合ってもらうぞ?ここから先は、俺のただの八つ当たりだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る