迷宮の主①

「なんでしょう?」

「どうしたの、ご主人?」


 俺の呼び掛けに、カタリナとミアが小走りで寄ってくる。そんな彼女達に俺は、目の前の道具を指差してみせた。


「これは、金属の筒……でしょうか?」

「それに、なんか小さい玉みたいなのも落ちてるけど。ご主人、これは?」


 首を傾げるミア。俺は周囲に落ちている鉛の玉を摘まみあげると、自分なりの予測を二人に語ってみせた。


「恐らく、この筒と玉はミノタウロスが開発した兵器だろう。魔法で小規模な爆発を起こし、それを推進力にこの鉛の玉を飛ばす。そして、離れた対象を一方的に撃ち抜くことができる。きっとこの筒は、その鉛玉を正確に飛ばす為の発射台のようなものだろう」

「よくわからないですけど、何か凄そうですね」

「魔力の消費は最小限で済むし、殺傷能力は高い。おまけに魔法より射程は遥かに長いと思われる。……まだ試作品のようだが、コレが完成すれば大勢の人間が死ぬだろう」

「そんな……」

「それに、ヤツの発明品はそれだけではないらしい」


 俺は床に点在する兵器達を順に見渡していく。ただのガラクタに見えたそれらも、今一度意識して見てみると、何か明確な意思を持って造られた事が感じられた。


「凄い数……。そのミノタウロスって魔獣、何の為にこんなモノを作ってるんだろ?」

「多分だが、より効率的に人間を狩る為だろう」


 そもそも、これらの兵器の試し撃ちに何人の人間が使われたのか?この量の武器を調達する為何人の人間が犠牲になったのか?ミアやカタリナがいる手前口にこそ出さなかったが、そんな疑問が一瞬頭をよぎり気分が悪くなった。


「そんな!じゃあ、このままでは犠牲者がドンドン増えてしまうということですか?」

「そう考えるのが妥当だ。だからこそ、ミノタウロスは今日ここで、確実に仕留めねばならん。……その為にも、まずはイツキ達と合流し」

「ご主人!」


 突如、ミアが俺の腕を引っ張る。


「どうした、ミア?」

「この部屋、何か近付いてくる!」


 頭の上部から生えた獣の耳をピクピクと動かしながら、ミアは俺の腕を引く力を強める。


「イツキ達か?」

「いや、足音は独り。人間より遥かに重そう。それになにより、酷く臭うよ。……獣の臭いだ」

「ミアちゃん。それってまさか……」


 次の瞬間。ガチャリと扉が開かれた。


「ウモオォォォーー!」


 低く、腹の底に響くような鳴き声と共に入室したソイツは、人間の神話に登場する怪物とソックリの見た目をしていた。牛の頭部に人間の体。歪な程に発達した筋肉と全身に浮かび上がる血管は、その怪物の奇妙さをより際立たせている。


「コイツが、ミノタウロス。……なんと面妖な」

「ど、ど、どうしましょう!ツヴァイ様!」

「やるしかないみたいだね!ご主人!」


 ミアのその言葉で、俺達は臨戦態勢をとる。それと同時に、侵入者の存在に気付いたミノタウロスはこちらに向かって突進をしてきた。


「くっ!防壁展開ディフェンスウォール!」

「ブモォッ!」


 ミノタウロスは俺の造り出した壁に勢いよく衝突する。だがそんなことなどお構い無しに、ヤツは力任せに見えない壁を両手で何度も殴りつけた。


「タス……ケテ!……イヤダ!シニタク……ナイ!」


 啜り泣くような声と共に、ミノタウロスの口から奇妙な言葉が繰り返された。それに対し、カタリナは不安そうな表情を浮かべる。


「あの者は……助けを求めているのでしょうか?」

「いや、違うな。人間の言葉を真似することはできても、その意味までをミノタウロスが知る機会は無いハズだ。あれは、アイツが幾度となく聞いた言葉。被害者達の慟哭だ!」

「イタイ!イタイ!」


 素手での突破が困難だと悟ると、ミノタウロスは数歩だけ後ろに下がり、ガラクタの山に手を突っ込んだ。


「一体何を……」


 ゴソゴソと何かをまさぐる仕草の後、ミノタウロスはガラクタの山から腕を引き抜く。そして、その手には巨大なハンマーがしっかりと握られていたのだ。

 明らかに人間の扱うサイズではない。つまりあのハンマーは冒険者から奪った物ではないということだ。


「ヤツめ!あんなモノまで自作していたのか!」


 驚く俺を尻目に、ミノタウロスはそのハンマーで、自らの行く手を阻む壁を何度も何度も叩く。そして


『ガシャァン!』

「ウモオォォォー!!」


 防壁展開ディフェンスウォールを破壊したと同時に、勝ち誇ったような雄叫びを上げた。


「イツキ達はいないが、やるしかない!いくぞ、お前達!」

「はい!」

「うん!」


 尋常ならざる圧力を放つミノタウロスを前に、俺達はそれぞれの得物を強く握り直す。そして、ヤツとの交戦に備えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る