分断の壁
「そっちの道は危ない、こっち。あと皆、上の方にも注意して」
俺達はミアの指示のもと、次々に古城の罠を回避していった。
「大したものだな」
「本当ですねぇ。ミアちゃん、すごいです」
隣を歩くカタリナが、俺の言葉に相づちを打つ。
「あっ、ご主人達。そこ危ないよ。もっとこっちに……」
ミアがそう言いかけた時。
「キャッ!」
「うぉ!」
カタリナが短い悲鳴と共に、俺の胴へとしがみついてきた。どうやら、上から落ちてきた小さな虫に驚いたらしい。
「大丈夫か、カタリナ?」
「はい。すみません、ツヴァイ様」
その時。俺達の足元から、カチリという不吉な音が聞こえてきた。
「「ん?」」
「危ない!ご主人!」
嫌な気配に俺は、近くにいたカタリナとミアを掴み、咄嗟に後方へと飛び退く。次の瞬間、足元から巨大な土の壁がせり上がり、道を分断してしまった。
「しまった!イツキ達がまだ向こうに」
身の安全を確保した俺は、慌ててその土壁を叩く。すると、向こう側から声が聞こえてきた。
「おぉーい!ツヴァイ殿ぉー!」
「ラウロンか?」
「はい。しかし厄介なことになりましたな。この罠は城の入り口にあったものとほぼ同じと考えられます。恐らく強力な地属性魔法が保存されていたのでしょう」
「みたいだな」
「とりあえずワシと勇者殿は、そっちに合流できるように回り道を……て、勇者殿!なにしとるんじゃ!」
「何って、決まってんでしょ?この壁、ぶっ壊すのよ」
「こんなとこでそんなモン、ぶっ
何やら向こうは向こうで、とんでもないことになっているらしい。
「あー!もう!いいじゃない!めんどくさいわね!」
「と、とにかくツヴァイ殿!ワシらはこちらから行きます故、後程合流しましょう。……ホラ、行きますよ。勇者殿」
「ちょ、離しなさい!ラウロン!こんな壁、アタシの新・必殺技で破壊を……」
「だからダメだといっておるじゃないですか!」
徐々に遠ざかるイツキとラウロンの声。
(あちらにラウロンがいてくれて、本当に助かった)
ホッと胸を撫で下ろす。だが、俺達もうかうかはしてられない。イツキ達と合流する為にも、先を急がねば。
「あの~……本当に、ごめんなさい!!」
その時、カタリナが謝罪の言葉と共に深く頭を下げた。
「私のせいで、勇者様達とはぐれてしまって……」
「まあ、なんだ。気にするな……といってもお前は気にするんだろうが」
「うう……」
「だが虫に驚いただけで、わざとではないだろう。苦手なものなんて誰にでもあるさ。俺にだってある」
「え?ツヴァイ様にも苦手な物があるんですか?……気になります」
「ふふ、秘密だ。それより先を急ごう。イツキ達と合流せねば」
「えー教えてくださいよ」
「…………」
俺達は壁の前で踵を返すと、城の奥へと慎重に進み始めた。
「えい!!」
道中、幾度となく蝙蝠に酷似した魔獣が上から襲ってきた。その都度ソイツらを、ミアがマジックダーツで器用に撃ち落とす。
「見事だな。ミア」
「えへへ」
「だが、ダーツの残りは大丈夫か?少し温存した方が」
「大丈夫だよ!ボク、いっぱい持ってきたから」
得意そうな顔で、ミアは自らのポーチをポンポンと叩いた。
「そうか。じゃあ、次の町に行ったら俺がちゃんと買い足してやるからな」
「ホント!?……でもご主人、魔王軍辞めてお金あるの?」
「うっ!……そこは、ホラ。イツキのヤツに相談して」
「大丈夫です!」
突然カタリナが自身の胸をドンと叩いた。
「勇者パーティの資金は私が管理しています!ですから、今回いっぱい頑張ったミアちゃんの為、私が責任を持って買いましょう!ええ!」
「……そ、そうか。じゃあ頼んだぞ」
「それにしても……ふふふ」
カタリナは俺の顔を見ると、クスクスと笑いだした。失礼な奴だ。
「なんだ?」
「いや、ごめんなさい。先ほどのツヴァイ様の様子が。まるでミアちゃんのお父様のようでしたので」
「なに?……だがそれを言うなら、カタリナ。お前だってミアへの接し方が母親のようではないか?」
「へ?私が?……んもぅ、ツヴァイ様ったら!褒めても回復魔法しか出ませんよ?」
「褒めた、のか?まあ貶した訳でないが」
「……むぅ」
俺達のやりとりを見ていたミアが、ぷくっと頬を膨らませる。アイツは昔から、機嫌が悪くなるとよくこの顔をしていた。
「なにさなにさ!ご主人も回復術士の人も!仲良さそうにしちゃってさ!どうせボクはお邪魔虫ですよ!」
「あっ!おい、ミア!」
ミアはそう捲し立てると、弾かれる様に近くの部屋へと駆け込んでいく。だが、その瞬間。
「うわぁっ!ナニコレ!?」
「どうした!」
彼女の驚く声が部屋の外にまで響いてくる。俺とカタリナは慌ててミアを追いかけると、その部屋へと飛び込んだ。
「な、なんでしょう?ここ」
「わからん。ミノタウロスのお遊戯場ってワケではなさそうだが……」
俺達が目にしたのは、部屋中に散乱した武器や魔道具の山だった。それぞれをくっつけたり、あるいはバラしたりをし、まるで何かの開発に勤しんだ後のようにも見える。
「カタリナ。ミアを頼めるか?俺は少しこの部屋を調べてみる」
「はい。わかりました」
快く返事をした彼女は、部屋の入り口にいたミアのもとへ行くと、目線を合わせて話し始めた。
「大丈夫ですか?」
「ふんっ」
「……ミアちゃんは、私とツヴァイ様がお話しているのが嫌だったのですか?」
「わかんない。でもご主人、ボクの知らない笑い方をしてたんだ。そりゃ、兜で顔は見えないけどさ。声とか話し方とか……。とにかく、魔王軍にいた頃はあんな笑い方しなかったんだ」
「そうなのですか?」
「うん。ボク、あんなご主人知らなかった。でも、それをボク以外の誰かが知ってるっていうのが、堪らなく嫌だったんだ。だって、ボクにはご主人しかいないんだもん」
「……魔王軍ではそうだったのかもしれません。でも、今はもうツヴァイ様『だけ』ではないですよ?」
「え?」
「勇者様がいて、ラウロン様がいて、私がいます。なんたってもう、私たち仲間なんですから!ミアちゃんはもう独りじゃありません!」
「……仲間」
「はい!それに、私はミアちゃんが少し羨ましいです。だって魔王軍時代のツヴァイ様なんて、私は知りませんから」
「……そっか。そうだよね!じゃあ、そんな回復術士の人に良いこと教えてあげる!」
「良いこと、ですか?」
「さっきご主人が言ってた苦手な物!ご主人ね?ああ見えて
「ええ!意外です!」
「でしょ?前なんか……」
後ろで何やら二人が盛り上がっているのが聞こえる。なんとか仲直りはできたようだな。だが、今はそれどころではない。俺はこの部屋で見つけたあるものを手にすると、入り口付近にいた二人を呼んだ。
「おい!ちょっとこれを見てくれ!」
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