迷宮入り

「わあ!新しいお仲間ですね!私、カタリナと申します!」


 笑顔でカタリナがミアに駆け寄る。だが彼女は興味無さそうにそっぽを向いた。


「……別に人間と仲良くするつもりないし」

「おい、ミア」

「ぶー」


 俺がミアを窘めると、彼女は渋々カタリナに頭を下げた。


「ボク、ミア。……とりあえずよろしく」

「はい!よろしくお願いしますね!ミアちゃん」

「はぁー。もーーちょっと愛想よく出来ないものかしらねぇ。ま、いいけど。……アタシは勇者のイツキ。よろしくね」

「まぁまぁ、勇者殿。これから親睦を深めていけばよいではないですか。のう?ミア殿。あっ、ワシの名はラウロン。おじいちゃんと呼んでくれて構わんぞ?」


 カタリナに続き、イツキとラウロンもミアの元に集まって来る。やれやれ、なんとか仲良くやってくれるといいが……。


「じゃ!新たな仲間も加わったことで仕切り直しと行きましょうか!ツヴァイ、Go!」


 俺の心配など露知らず、イツキは城の入り口を指さすと、再び様子を見てこいとジェスチャーした。


「仕方がないな……」

「駄目、ご主人」

「ミア?」


 城の入り口に向かう俺をミアが呼び止めた。そして彼女は腰に下げた大きめのポーチから、数本のペンの様なものをとり出す。


(あれは確か、魔投矢マジックダーツ……だったか?)


 ――マジックダーツ。先端に鋭い針が付いた、小さな投擲用の矢である。魔力を込めることでその力を針に蓄積させ、対象物に刺さると同時に炸裂させる代物だったと記憶している。そしてマジックダーツは、ミアが魔王軍にいた頃から愛用していた武器だ。

 そもそも投擲の動作は、人間の骨格でしかする事が出来ないらしい。故に魔法が発展する前の時代では、投擲をもって人類は野性動物と渡り合ったと聞く。そして獣人とは、人間の骨格と獣の膂力を併せ持つハイブリッドだ。獣人の放つ投矢は速く、鋭く、深い。そして、高い視力やボディコントロールで補正された投擲は、機械のように遠くの的を正確に撃ち抜く。つまり、あれほど彼女に適した武器はそうそうないということだ。


「どうした?そんな物を取り出して」

「あの入り口、罠がある。だから最初にご主人を止めたの」

「そう言えば、得意だったな。そういうの」


 両耳をピクピクと動かすミアを見ながら、俺は腕組みをした。


「えっ、罠!?ナニソレ?どゆこと?」

「ミアは昔から索敵なんかが得意でな。魔王軍時代もよく助けられたよ」

「へぇ~。勘がいいのね」

「……勘じゃない。情報の足し引き。獣人ボクたちは目や鼻がいい。だから、そこから得られる匂いや音なんかの情報から敵や物の位置を予測するんだ。……キミみたいな脳筋には無理な話だろうけど」

「誰が脳筋よ!誰が!」

「どうどう。落ち着け、イツキ」

「グルルルル!」


 獣のような唸りを上げる脳筋イツキをよそに、ミアは集中した面持ちで付近を探る。そして。


「そこ!」


 三本の投矢を入り口前の地面に向かって投げる。それらは着弾と同時に何かを破壊した。


「これは……紙?」

「ふむぅ。魔道具の一種ですな。踏むと中に保存されている魔法が飛び出す仕組みになっとるハズじゃ」


 宙をヒラヒラと舞う紙片を手に取り、ラウロンが呟く。


「コレ自体はそう珍しいものでもない。その辺の道具屋でも買えるしの。きっとミノタウロスのヤツが殺した旅人から奪ったのでしょう」

「入り口からこれとは、随分警戒心の強いヤツらしい。ともかく、ミア。助かった、ありがとう」

「ふふ、どういたしまして。ご主人!もっと褒めて褒めて?」

「ともかく、これで入り口は大丈夫そうね。慎重に入りましょう」


 イツキの言葉に頷くと、俺達は古城の中へと足を踏み入れた。

 城内は、古いと言われていた割には案外綺麗なものだった。だが、油断は出来ない。あの商人の話が本当なら、この中はミノタウロスの罠が張り巡らされた危険な迷宮なのだから。


「だがイツキ。様子を見るとか言っていたが、結局城に挑むんだな」 

「まーね。せっかく頼りになる新メンバーも加わったことだし。ね、ミア」

「……どうでもいいけど、勇者。あと三歩進むと危ないよ」

「へ?」


 城内を歩くイツキの足元からカチリという音が響く。何かを踏んだらしい。と同時にイツキの後方から、矢が飛び出してきた。


「危……、ヨイショオォォ!」


 間一髪、前方に倒れ込むことで彼女はそれを回避する。だが、うつ伏せになった彼女の腹の下から再びカチリという嫌な音が聞こえてきた。


「まさか……、ソイヤァァァ!!」


 勘に任せてゴロリと横に転がるイツキ。するとその直後。彼女の腹があった位置から、一本の簡素な槍が飛び出してきた。


「はぁはぁ。い、今のはヤバかった。……ちょっとアンタ、もう少し早くいいなさいよね!」


 イツキは体に付着した砂を払うと、ミアに食って掛かる。だが、彼女はそんな事などどこ吹く風。ぷいと顔を背けると、ボソボソと呟く。


「教えたんだからいいでしょ」

「ミア。もう少し早く教えてやってくれないか?」

「はーい!ご主人!」

「なんか納得いかないわね?」

「すまんな、イツキ」

「……あっ!おじいちゃん、少し先に罠があるから三歩右に避けといて。あと、回復術士ヒーラーの人もおじいちゃんの後に続いて!」

「ほいな」

「はい」


 ミアの誘導で、ラウロンとカタリナは危なげ無く罠を回避する。


「なーんか納得いかないわね」

「……すまんな、イツキ」


 このまま行けば安全に城を攻略できる。だが、そう簡単にはいかない。そんな予感が俺の胸を掠めていた。

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