獣人・ミア①
この声。それに何より、俺のことを『ご主人』と呼ぶ者など一人しか心当たりがない。
「お前は……ミアじゃないか!」
ペタリと垂れた獣の耳に、ふわふわとした尻尾。人間と獣、両方の性質を併せ持つ『獣人』である彼女は、俺の声を聞くとようやく上からどいてくれた。
「ボク、ご主人のこと探してたんだよ?魔王軍を辞めたって聞いて……」
「あ、ああ。すまなかった。して、お前は何故ここに?やはり裏切り者の俺を始末する為に」
「そんなことしない!」
普段から小さい声でボソボソと喋る彼女の怒声に、俺は少し驚いた。
「だって、ボクはご主人を……」
彼女が何かを言おうと口をモゴモゴさせた。だが、すぐに口を閉じると俺の影に隠れてしまう。理由は簡単。イツキ達が興味深そうにこちらに近づいてきたからだ。
「あら~ちっちゃくて可愛い
「そんなワケあるか。この子の名前は『ミア』魔王軍時代の俺の部下だ」
ミアはひょっこりと俺の影から顔を出すと、イツキ・ラウロン・カタリナを順番に見回し、彼女達をキッ!と睨んだ。
「誰?この、
「牝狐って二回言いましたよ」
「罵倒のバリエーションは少ないみたいね」
「ほーら、おじいちゃんじゃよー」
完全に孫を見る目のラウロンと、牝狐発言に戸惑うイツキとカタリナ。そんな彼女達には目もくれず、ミアは俺の胴にしがみつくと猫なで声を出す。
「ボク、ご主人が魔王軍辞めさせられたって聞いて、すごく心配したんだよ?だから、ご主人のことをここまで追ってきたんだ!」
「そうか。心配をかけたな。俺もお前に一言くらい……」
そう言いかけて、俺は何かの視線を感じる。その正体はイツキ達、仲間のものだった。
(……?)
何か、奇妙な物を見る目。そこで俺は、ふと気がついた。今の俺は、客観的に見ると
『一回りは歳の離れた部下の女性に、自分のことをご主人と呼ばせている上司』
であることに。
「ねえ?アンタ。セクハラって知ってる?」
「ツヴァイ様は……若い子の方がいいのですね……」
「まあ、趣味・性癖は人それぞれですので。何も言いますまい」
「ちょっと待て!誤解だ!」
叫ぶ俺を押し退け、イツキはミアの方に歩み寄る。
「アナタ、ミアだっけ?そのご主人って呼び方。そこの変態に無理矢理呼ばされてるんなら、もうやめても大丈夫よ?」
「ご主人は変態なんかじゃない。それにボクは好きでご主人のことをご主人って呼んでるんだ」
イツキは一瞬驚いた様な表情を浮かべた。だが、すぐにニヤニヤとした顔になると俺の顔をじっと見つめてきた。
「随分懐かれてるじゃないの。一体何したのかしら?」
「何もやましいことはしていない。その子は真面目なだけだ」
耳と尻尾を逆立たせ、イツキを睨むミアに、カタリナが優しく微笑みかける。
「ミアさんはツヴァイ様のことが大好きなのですね」
「うん。だってボクとご主人は運命の赤い特殊繊維でぐるぐるに巻かれて固結びにされてるんだから」
そんな物に巻かれた記憶は一切ない。だが、今さらそんなことを言っても焼け石に水だろう。
「ツヴァイ……。アンタ、ロリコn」
「いけません!勇者殿!」
同じ男だからか、ラウロンが最後の一線は守ってくれている。が、今はその優しさがつらい。
完全に俺のことを変態だと認識したイツキとは違い、カタリナはミアの話を微笑ましそうに聞いている。きっと、あの子の発言を
『お父さんと結婚する!』
などと言う娘の言葉くらいにとっているのだろう。
「ツヴァイ様はとってもお強いですからね」 「そう。ご主人は強くて優しい。だから、ボクはご主人と一生一緒にいるって決めたんだ」
「そうなんですか~」
今、さらっと衝撃的なことをミアが言った気がするが、聞き間違いだろうか?元々思い込みの強い子だ。きっと若さゆえの気の迷いだろう。
だが、そんな俺の胸の内など意に介さず、ミアは得意気に話を続けた。
「そう。あれは、ご主人がボクのご主人となった日……」
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