古城に潜む魔物②

 古城に魔獣が住み着く。そのこと自体はさして珍しい話でもない。今では使われなくなった昔の建造物などを、魔獣が巣の代わりに利用するなど、どの地域でもよく聞く話だ。だが、目の前の行商人の表情は、ただ魔獣が住み着いたと言うにはあまりにも鬼気迫るものだった。


「なーに?魔獣くらい。なんならアタシ達が追っ払ってあげましょうか?」

「そうですな。……旅の者、ご忠告痛み入る。じゃが、ワシらはこれでも結構な場数を踏んできておってな。もし、その魔獣が他の旅人の安全を脅かすというのなら、ワシらが退治してしんぜよう」


 イツキとラウロンが、行商人にそう問いかけた。だが、彼の表情は晴れない。


「やめたほうがいい。今までもそうやっていろんな奴が挑んだんだ。だが、奴には……あの古城に潜むには誰も敵わなかったんだよ!」

「……ミノタウロス、ですか?あの、神話にでてくる?」


 カタリナが行商人の言葉に首を捻る。


「でもそれって、架空のお話ですよね?」


 ミノタウロス。人間達の神話に登場する、有名な化け物だ。かなりメジャーな話で、魔族の俺ですら聞いたことがある。筋骨隆々な人間の身体に、牛の頭という不気味な出で立ちで、自身の棲み家である迷宮に迷いこんだ者を襲うのだとか。


「ああ。確かにミノタウロスは架空の生物だ。だが、奴はそれにそっくりでよ。だから俺達商人の間じゃあミノタウロスって呼んでんだ」

「でも、結局はただの魔獣なんでしょ?何がそんなに脅威なのよ?」

「……これは、最初にミノタウロスに襲われた冒険者達の一員から聞いた話だ」


 そう言って行商人の男は、ミノタウロスについてポツリポツリと語り出した。


「そもそもミノタウロスは最初、どこにでもいる貧弱な牛の魔獣だった。だが、ある時新米の冒険者の一人がな?不意を突かれて奴に殺されたんだ。……ま、そこまではよくある話。何も不思議なことはねえ。だが、問題はここからだ」

「……どうしたのだ?」

「ミノタウロスの奴はよ、喰っちまったのさ。その新米冒険者を。……いや、人間を喰う魔獣は当然いる。だが、ミノタウロスは他の魔獣とは違った。それが奴の元々の特性だったのか、たまたま何かが作用したのかはわからねえ。だが、奴は人間を喰ったことで……知恵を持っちまった」

「知恵?」


 俺の問いかけに男は小さく頷いた。そして、誰かに聞かれてはマズイ話でもするように声をひそめて続きを語る。


「そもそも魔獣ってのは、習性に従って行動する。だから、魔獣狩りをする冒険者達はその習性を利用して戦いを有利に進める事がほとんどだ。だが、奴はそれを逆手にとって人間達を次々に罠に嵌めていった。最初の一人を喰った時、人間の味を覚えちまったんだろう。それから奴は山程の人間を平らげたのさ」

「………」


 あまりに凄惨な話に、重苦しい空気が流れる。誰のものかはわからぬが、ゴクリと生唾を飲み込んだ音が微かに聞こえた気がした。


「その内、奴の身体にある変化が現れたらしい。体つきがどんどん人間らしくなり、手先が器用になっていったんだと。ま、人伝に聞いただけなんだが。ともかく、奴はそれに伴って自身の棲み家であるあの城に、数々のトラップを造り出していった。殺した人間から奪った武器やら道具やらを使ってな」

トラップって……。何よ、あの城今そんな事になってんの?」

「ああ。今やあの古城は奴が旅人を誘い込む為の迷宮よ。……そうしてミノタウロスは誕生したんだ」

「なるほどな」


 少しの沈黙の後、ミノタウロスの話をしてくれた男が切り出した。


「まあ、そういうわけだからよ。この先は止めた方が賢明だぜ?じゃ、俺はここらで失礼するよ。日が暮れるまでに宿を探さにゃならんのでな」

「あ、ああ。貴重な話をありがとう」


 俺達はその行商人に礼を言うと、彼を見送った。


「や、止めましょうよぉ。あの人の言う通り回り道した方がいいですって」

「だが、かなりの被害がでているのだろう?勇者を名乗る以上避けては通れないのではないか?」

「じゃが罠のある建物に自ら飛び込むのは危険ではないか?後日、準備を整えてから討伐に向かった方がワシはいいと思うが……。あの者の話では、一筋縄ではいかない相手みたいだしのぅ」


 古城に行くか否かで揉める俺達。そんな俺達を纏めるようにイツキは手をパンパンと叩いた。


「わかった!とりあえず見に行ってみましょ!日没まではまだ時間があるわ。そのミノタウロスとかをどうするかはそれから決める!いい?」

「……ああ」


 イツキの一声で俺達は当初の予定通り、あの古城を目指すこととなった。


「……ふ、雰囲気あるじゃない」


 古城を目の前にして、イツキは明らかにビビっていた。だが、それはミノタウロスに対してというより……。


「ここで大勢の人が亡くなったのか。痛ましいのぉ……」

「ユーレイさんでも出てきそうなお城ですね」

「は、はぁ!?……アンタ達!そーいうのやめなさいよね!」


 あきらかに霊的な何かにビビっている。


「ビビってないわよ!」

「まだ何も言って無いだろう」

「顔に書いてあったわ!……兜で顔、見えないけど!」


 自覚があるのか、やたらに当たりが強い。


「あーもう!……ツヴァイ!アンタ、ちょっと入り口の様子見てきなさいよ!」

「何!?」

「アンタが一番頑丈なんだから!……お願い!先っちょだけ!先っちょだけでいいから!」

(先っちょ?)

「まあ、いい。……入り口だけだからな」


 防御力に特化した俺が先行して安全を確保する。それ自体は正攻法ではある。よって俺は、イツキの指示通り、古城の入り口に向かって歩き出した。


(罠のこともある。慎重に行かねば)


 一歩、二歩とゆっくり歩みを進める。三歩、四歩……。そして、城の入り口に向かって五歩目を踏み出そうとした時。城の脇にあった茂みから何かが飛び出した。


「ぬおっ!」


 その何かに、俺は押し倒される。


(しまった!罠か!)


 だが、俺の上に馬乗りになったソイツから発せられた声は、俺にとって聞き覚えのある女の声だった。


「やっと見つけた。……ご主人」

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