3章 迷宮の牛鬼

古城に潜む魔獣①

 あの宴会から一夜。俺達は町長にお礼を言うと、リマの町を旅立つ為に町の入り口へと向かっていた。


「あ~、キモチワルい。二日酔いなんぞいつ以来かのぉ?」

「頭痛いですぅ。うう……」


 フラフラと後ろを歩く二人に、イツキは活を入れる。


「ほーら!キビキビ歩く!そんなんじゃ日が暮れちゃうわよ?」

「ツヴァイ様はお酒強そうですけど……勇者様も強かったんですね」

「そりゃあ、アレじゃ。あの方は内臓も大型動物並みなんじゃろ」

「失礼ね!ぶっ飛ばすわよ!」

「落ち着け、イツキ。……頭に響く」


 散々イツキに酒を飲まされた俺も、全くの無傷と言うわけにもいかず、重い身体を引き摺りながら前に進む。

 そんな俺達を、聞き覚えのある声が出迎えた。


「ケケケ!いい気なモンだな!パイセン!」

「お前は……」


 カタカタと身体を揺らし、俺達を嘲笑う骨のような男。フュンフがそこに立っていた。


「俺っちはアンタと違って魔王軍を抜けたワケじゃねえ!その気になりゃ、人間の一人や二人簡単にぶっ殺せんだ!……なのに、そんな俺っちを放置して酒盛りたぁ、危機感がねえんじゃねえかぁ?あぁん!?」

「凄むのは構わんが、まずはをどうにかしろ。説得力に欠けるぞ」


 俺は奴の胸元を指さす。そこには


『くさむしりがんばったで賞』


 と書かれた手作りの首飾りがぶら下がっている。


「う、うっせぇ!コレつけてねえと、あのガキぐずるんだよ!」

「……そうか」


 生暖かい目で奴を見守る俺達。そんな空気を変えようと、フュンフは声を荒げた。


「なんだぁ!その目は!……おい!クソ勇者!さっさとこの魔力の枷首輪を外せ!!でねぇと……」

「うわぁーーん!フュンフゥーー!」

「…………」


 町の中から、子供の泣く声が聞こえる。おそらく、昨日町長が言っていた花屋の娘・アイリのものだろう。


「……チッ!おいクソ勇者。話はまだおわってねえからな!そこを動くんじゃねぇぞ!」


 フュンフは早口に告げると、町の中へと走っていった。


「……さて、行きましょうか」

「えっ!?いいんですか?」

「いいわよ。あんなキモ骸骨の言い付け、聞く義理なんてないもの」

「いや、そうではなくて……。フュンフさんをこの町に置いていって大丈夫なんでしょうか?」


 カタリナの疑問にイツキは即答した。


「大丈夫よ。……でしょ?ツヴァイ」

「そうだな」


 確かに、今の奴からは邪悪さが感じられない。それに……。


「お前の勘はよく当たる……だろ?」

「わかってんじゃない」


 満足そうに頷くイツキ。ラウロンやカタリナもそれに納得したように笑った。


「じゃ、次の町を目指しましょっか!」


 リマの森を抜け、荒れた道を俺達は歩いている。そんな折、俺はある種当然の疑問をイツキに投げ掛けた。


「そもそもこの旅の目的はなんだ?なし崩し的に仲間になった身としては、そこら辺を明確にしておきたい」

「あー……、それもそうね。じゃ、休憩がてら解説といきましょうか」


 そう言うと、イツキは荷物の中から地図を取り出し、その場に広げた。


「アタシ達人類の第一の目標は、世界征服を目論む魔王の討伐!……けど、その魔王に会うためにはアンタ達の持つ『鍵』が必要でしょ?」

「そうだな」

「それに、魔族による被害も各地域から報告されているわ!だから今アタシ達に出来る事は、魔族の脅威から人々を救い、その過程で四天王を探して鍵を奪う。……てなわけよ」

「なるほどな」


 元魔王軍としては複雑な話だが、勇者パーティに加入した時点でその辺は割り切っている。


「……して、次の目的地は?」

「ああ、そうそう。……えっとねぇ」


 イツキはキョロキョロと地図上を見回している。そして、一つの町を見つけると、そこを指さした。


「あ!あったあった!ここよ、『ミロス』の町!ここで魔族の被害が大きいって噂を聞いたのよ」

「ほぅ……って、少し遠くないか?」


 彼女の差した位置は、リマの町からやや離れた所に存在している。これは、今日中に徒歩では、ましてや二日酔いの人間を二人も擁した状態ではたどり着くことは不可能だろう。


「つまり、今日は野宿か」

「ふっふっふ。心配ご無用!ここを見なさい!」


 あたかも俺の言葉を待っていたかのように、イツキは語気を強めた。そして、リマとミロス。地図上にあるその二つの町の、丁度中間辺りに人差し指を突き付ける。


「ほら!ここ!昔に使われてたお城がここにあるのよ!建物自体は健在って聞いたことあるし……今夜はここに泊まりましょう!」


 意気揚々とそう語るイツキの声に、今まで顔色を悪くしていたカタリナとラウロンも乗り気になった。


「わあ!なんかお城にお泊まりって、素敵です!」

「古城というのも風情がありますな。何にせよ、野宿よりはマシですわい」

「よーし!決まりね!」


 俺も、イツキの案に異論はない。そして、俺達は古城に向かって歩き出したのだった。

 それからしばらく道なりに進んだ頃、前方から一人の行商人が馬車に乗ってやって来た。そいつは、俺達の姿を見るなり不安そうな顔で声を掛けてきた。


「おい、アンタ達。この先は魔獣も出るし危険だぞ。おまけに宿泊施設だってない。俺もわざわざ遠回りしてきたとこなんだ」

「あら、ご忠告どうもありがとう。でもアタシ達、この先の古城に一晩泊まるつもりなの。そこなら……」


 その瞬間、行商人の顔が一気に青ざめた。


「悪いこたぁ言わねえ。あの城は止めとけ!あそこには……魔族なんかよりもっと恐ろしい、魔獣が住み着いてんだ!」

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