一撃必殺③

「楽しそうな仲間じゃないか」

「面倒なことも多いがな」

「ハハハ。でもツヴァイさん、魔王軍の頃より明るくなった気がするな」

「……ふん」


 茶化すドライに一瞥をくれると、俺は戦いの中で感じたある疑問を口にした。


「ところで今回の戦い。お前は降参だと言ったが解せないことが幾つかあるのだ」

「というと?」

「例えば、道中のエルフ達だ。仕掛けてきたのはこの場へ誘導する為の、必要最低限の攻撃のみ。反撃覚悟で攻撃を指示していれば、もっと俺の魔力を削れていたハズだ」

「…………」

「それに今だって鍵など渡さず逃げることもできたのに、そうしなかった。……今後の魔王軍での立場を考えれば、合理的とは言えない。何故だ?」 


 俺の質問にドライは小さく笑った。


「ははっ。合理的、か。……ツヴァイさん。あなたの疑問の答えは至極簡単さ。一族のみんなを守る為。僕の行動は今も昔もその一点からブレたことはないよ」


 ドライは力強く答えると、真剣な眼差しでこちらを見た。……ハゲてるのに。


「下手にあなた達に攻撃すれば勇者である彼女から手痛い反撃を受ける。鍵を守る為、あの場から逃げればルルとララの身の安全は保証されなかった。……あの時はイツキさん達の人となりも知らなかったしね。だから、僕のとった行動は最善だったと今でも思っている」


 一族の為。意外な言葉に呆気にとられている俺を尻目に、ヤツは続けた。


「そもそも僕が合理性を大事にしているのは、父と同じ過ちを繰り返さないため。用心に用心を重ね。傾いたエルフ達の生活を立て直す為だ」

「親父さんの過ち?」

「そう。父は……先代の族長はね。エルフにしては珍しい、野心溢れる人物だった。森でのんびり暮らしてきた歴代の族長とは違い、エルフの地位向上を目指し、日夜活動していたんだ」


 確かに、俺の想像するエルフ像とはかなり違う人物だったようだ。


「父の背中は当時の僕にはそれは格好良くみえたよ。だが、今にしてみれば浅はかだったとも思えるんだ」

「…………」

「そんなある日、父はある人間に儲け話を持ちかけられたらしい。詳細はよくわからなかったけど、『儲けた金で人間達から土地を買い占めれば、エルフ達はよりのびのびと生活できる!』……なんて言ってたのを覚えているよ」

「それで?……どうなったのだ?」


 今のエルフの現状を見れば、結果は明白。だが、俺はその続きを聞かずにはいられなかった。


「結果は散々。父はその人間に騙され、逆に資産を巻き上げられた。そして、その失敗を取り戻そうと単身人間達に挑み、命を落としたんだ」

「それは……なんというか」

「ああ!その事に関して、別に人間を恨んじゃいないさ。この世は常に奪い奪われ……。父はそのリスクを考えず、自分が成功する都合のいい未来だけを想像したからああなった。ここから先はツヴァイさんも知ってると思うけど、頭を失った一族は一気に衰退して、みんな森を追われた。父の狙いとは真逆の結果に終わったのさ。めでたしめでたし……ってね」


 ケラケラと笑うドライを見る。きっとヤツは冷たいのではなく、感情的になって失敗した父を反面教師としているのだろう。そこに思い至った時、ドライの渇いた笑いがどこか寂しそうにも感じられた。


「でもね。そんな失態を犯した父の息子である僕を、新たな族長だとみんな慕ってくれた。色々後押しをしてくれたんだ。そんな彼等を守る為、僕は失敗する訳にはいかなかったんだ。……ってゴメンよ、ツヴァイさん。長々と」

「いや、構わん。お前の事が知れてよかった。……ブッ!」


 真面目な空気の中、ふとヤツの頭に目をやった。端正な顔立ちとのギャップに、俺はつい吹き出してしまう。


「ちょっとツヴァイさん!?今いい空気だったでしょ!」

「いや、すまんすまん!……フフ」

「酷いなぁ。……ハハ」


 先ほどまで激闘を繰り広げていた相手とは思えない和やかな笑い。ひとしきり笑った後、ドライが切り出した。


「さて、敗者があまり長居するのも格好がつかないからね。そろそろ去るとするよ」

「大丈夫なのか?」

「魔王様は怖いからね。ま、僕らは各地の森を転々とするさ。……あ、勿論もう人間の積み荷を襲ったりはしない。約束するよ」


 そう告げると、ドライはルルとララを伴い木の上に飛び上がった。


「それから。ツヴァイさん!さっき、鍵を渡したのはこの子達ルルとララの為だって言ったけど、それだけじゃないんだ」

「何?」

「以前は、魔王軍が勝つから魔王軍に入ったって言ったけど……。ツヴァイさんが勇者側についたんなら、勝敗がわからなくなってね。だから、あなた達にも借りを作っとくのも悪くないかなって……」

「ふんっ。最後まで打算的なヤツだ」

「ハハ。ゴメンね。……じゃあ、気を付けて!」

「そっちこそ!」


 次の瞬間。ドライ達は森の奥へと消え去っていく。俺はしばらく、ヤツの向かった方向を眺め続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る