一撃必殺②

「一体何のつもりだ!」

「だから、言ってるじゃないか。降参だって。ホラ、武器だって捨てるよ」


 ドライは肩に掛けていた弓と矢筒を投げ捨てる。だが、納得出来ない。


「降参の理由を聞いているのだ!お前はまだ無傷じゃないか!」

「体はね。ただ、魔力がもう残ってないのさ」

「は?」

「もうね、スッカラカン。今の僕じゃあゴブリン一匹に手こずるだろうさ」


 ゴブリン。見習いの騎士でさえ訓練代わりに討伐できる虚弱な魔獣である。そんなヤツに四天王の一角が手こずるとは到底思えないが……。

 俺の訝しげな表情を読み取ったのか、ドライは淡々と話を続ける。


「そもそも僕は仲間内よりほんの少し魔力の強いってだけの、ただのエルフさ。本来なら四天王なんて器じゃないよ」

「だが、お前はいつもたったの一撃で戦況をひっくり返してきたじゃないか?」

「僕が『一撃必殺』なんて呼ばれるのはね?強力な一撃を有しているからじゃない。最初の一矢に全魔力を乗せて放つ、所謂一発屋だからさ」

「何!?」


 確かにそれならドライが降参してきたこととも合点がいく。しかし……。


「本当に可能なのか?そんな極端な戦法……」

「要は全力の一矢を『いつ』『どうやって』差すかが肝要なんだ。僕に言わせればダラダラ戦うより、最初から全身全霊の力をもって潰した方が絶対に効率がいいのに」

「理論上はそうかもしれんが、外したり防がれたらどうするつもりだったんだ?」

「その時はその時さ。幸い僕には、この一撃を最大限に生かすタイミングを見極める、嗅覚と経験があったからね。現に今まで勝ってきただろう?ま、今回は防がれてしまったけどね。ハハハ」


 まるで他人ごとのように話すドライ。その口振りは合理的というより、どこか狂気のようなものも感じる。


「で、魔力が無くなったんで降参でーす。ってわけ?随分都合が良いこと言うじゃない」


 俺達のやり取りを聞いていたイツキが怒りの表情を浮かべ割り込んできた。


「まさかウチのツヴァイの手、こんなにしといて生きて帰れるなんて思ってないわよね?こっちにはアンタの可愛ーい部下が二人もいんのよ?あぁん?」

「おい。脅しかたが山賊のソレだぞ。お前」


 下衆な表情で凄むイツキ。だが、ドライは落ち着いた態度で答える。


「丸腰の相手は殺せないさ。それがあなたの騎士道とやらなんだろう?ツヴァイさん」

「ああ。そうだな」


 騎士として、白旗を上げて降伏してきた相手に危害を加えることは出来ない。きっとドライはそこまで読んでいたからこそ、ここまで落ち着いていたのだろう。


「すまんな。俺の我が儘に付き合わせて」

「……別に、アタシは怪我してないから。それよりアンタは本当にそれでいいの?」

「構わんさ。自分で立てた誓いだ」

「あっそ。なら、いいわ」


 俺の言葉に、ドライは深く頭を下げた。


「ありがとう、ツヴァイさん。……それともう一つ。図々しいお願いではあるんだが、ルルとララ。彼女達も解放してもらえないだろうか?勿論、タダとは言わない」


 ドライは懐からちいさな『鍵』を取り出し、俺とイツキの前に差し出した。あれは……。


「風の鍵。僕達四天王がそれぞれ守っている、魔王城への道を開く鍵だ。勇者の君には必要な物だろう?」

「……確かに、これは貰っておくわ。でも、あの双子を解放するにはまだ足りないわね」

「じゃあ、一体どうすれば?」


 初めて不安げな顔をしたドライ。イツキはちょいちょいと地面を指さすと、そんな彼を座らせたのだった。


「…………ふぅっ。こんなもんかしらね。ププ」

「おい、イツキ。なんだってこんなこと……」

「いや、いいんだ。ツヴァイさん。命のやりとりを仕掛けておいて、五体満足で帰ろうなんて虫が良すぎる話さ」


 イツキがドライに出した、ルルとララの解放条件。それは、


『ドライの頭髪を刈らせろ』


 だった。


「これでいいんだね」


 鋼の剣で器用に頭髪を剃られたドライは澄ました顔でそう言う。やはり顔立ちの整っているものは頭髪が無くてもそれなりに見えるのだな、と改めて知った。


「しかし、イツキ。なんだってこんなことを」

「タダで帰すのは癪だし、せめてプライドくらいはへし折っておこうと思って。あんな綺麗な髪ですもの。きっと、相当手入れしてたハズよ!」

「……あー。ならあまり効果がないかもな」

「何でよ!」


 その時、解放されたルルとララがドライの元に駆け寄って行った。


「ドライ様ぁー!わたしのせいで、髪がぁー!」

「いいえ!わたしのせいです!ドライ様ぁー!」

「いいんだ。髪はまた生えてくる。だが、お前達は失ったら帰ってこないのだから」

「「ドライ様ぁー!」」


 木々の隙間から漏れた太陽の光がドライの頭部をキラリと光らせる。だが、そんなことなど気にもせず彼は腹心である二人を優しく抱き寄せた。


「……何よ。あんまり気にしてないじゃない」

「だろうな。ドライは昔から身だしなみには無頓着なヤツだった。あの髪も切らずに放っておいたから伸びたくらいのもんだろう」

「はぁ!じゃあ何の手入れもナシであーなの?ズルい!エルフってズルいわよ!」

「そうは言ってもなぁ」

「アタシなんか結構気ぃ使って手入れしてるのにー!」

「ほぉ、そうなのか。そう言われてみれば、なかなかどうして。綺麗な黒髪をしているな」

「……はぁ!?べ、別にそんなんじゃないから!バーカバーカ!」


 何か気に障ったのか、イツキは怒りに顔を赤くすると、後ろの方へずんずんと歩いて行ってしまった。

 そんな彼女と入れ替わるように、今度はカタリナが俺の隣へと来る。


「ツヴァイ様ツヴァイ様」

「ん?」

「私はどうですか?」

「どうって?」

「…………」

「…………」


 しばしの沈黙。その内カタリナの目に涙が溜まり始めた。……髪か?髪のことで間違いないのだろうか?

 一か八か。俺は彼女の栗色の髪に言及する。


「いや、いいんじゃないか?なんか……こう、ふわふわしてて!」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 ご機嫌になったカタリナは鼻歌混じりにイツキの隣へと駆けていく。


「…………どうですかの?」

「…………はぁ」


 続いてラウロンが俺の前でクルリとターンした。それに伴い、彼の束ねられた白髪もフワリと回る。


「……大したもんだよ」

「……じゃろ?」


 それだけ言うと、ラウロンは親指を立て彼女達の所に歩いて行った。……あのジーさん、絶対ふざけてたろ。

 一通りのお披露目が終わると、ドライが頭を輝かせながら声を掛けてきた。

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