格闘家ラウロン

 ルルとララ。実際に対峙して、真っ先に受けた印象は『速い』ということ。だが、こうして客観的に戦いを観察した場合、奴らの最も恐ろしい点は連携コンビネーションにあると知った。


(力、技、魔力……。俺の見立てじゃあ、単体の総合力はイツキの方が圧倒的に高い。だが……)


 桁外れのスピードと、完璧な連携がその差を覆す。


「よっと。……大丈夫ですかな?勇者殿!」

「アンタこそ大丈夫?もう若くないんだから!」


 周囲に生い茂る木々の影を利用し、双子の暗殺者が四方八方から斬りかかる。以前戦った四天王の一人、神出鬼没のフュンフの『瞬間移動』とは似て非なる高速移動による斬撃。見たところ、その最大の利点は攻撃後の離脱にありそうだ。

 連続使用が出来ず、攻撃後の隙を狙われやすい瞬間移動と違い彼女らは、攻撃しながらの回避行動。つまりはヒット&アウェイを可能にしている。更に線状に移動する性質上、常に加速し続ける彼女らの攻撃はかわせばかわすほど、速さを増していく。その上……


「ナメんじゃ……ないわよ!って、きゃっ!」

「勇者殿!」

「大丈夫よ!掠っただけ!」


 これだ。下手にどちらか一方の攻撃を受け止めると、もう片方がすかさず死角からカバーに入る。その反応速度は、もはや双子だからなどで説明のつく類いのものではない。


「確実に、だ。確実に削っていこう。ララ」

「そうね。安全に、安全にいきましょう。ルル」


 イツキは天性の勘と反射神経。ラウロンは長年の経験で彼女らの攻撃をかわす。だが、徐々にその差は現れる。


「うぉっ!」

「ラウロン!」

「ふぅ、ふぅ。……老いぼれには、ちとキツイのう」


 スタミナ不足。いかに鍛えた人間でも年齢には勝てない。それだけに俺は、兼ねてから疑問に思っていたことがあった。


「大丈夫なのか?ラウロンのヤツ」

「ラウロン様は心配ありませんよ。きっと」


 カタリナの顔に不安の色は見られない。ラウロンを心から信頼しているのだろう。そして、それこそが俺の疑問の正体だった。

 例えば、勇者イツキ。剣技・魔法の腕は言わずもがな。それに精神もタフでありカリスマ性もある。元魔王軍の身から言わせてもらえば、これほど厄介な相手はいない。

 例えば、回復術士カタリナ。元々珍しい回復術の使い手であり、その治癒能力の高さには目を見張るものがある。まだまだ未熟な面もあるが、それを補って有り余る才覚が彼女からは感じられた。

 確かにラウロンも強い。高齢とは思えぬ肉体に長年培ったであろう武術も体得している。格闘家として、彼は一つの到達点であると俺は思う。だがそれは、裏を返せば伸び代が無いとも言える。

 そんな彼が、人類の命運をかけた少数精鋭・勇者パーティに選出された訳とは?この戦いでその理由の一端を垣間見ることができるのだろうか?

 そんなことを考えている最中、イツキ達の戦い方に変化が訪れた。


「ふぅ。勇者殿、どうですかな?あやつらは」

「強いわね。一人止めるのに精一杯よ」

「成る程。では片方をどうにかしてくださらんか?後はワシがどうにかしますゆえ」

「あらそう?じゃ、任せるから」


 イツキはそう言うなり、四方に風の刃を飛ばす。


「チッ!行くよ!ララ」

「うん!行こう!ルル」


 風魔法に追いたてられる様に茂みから飛び出す双子。彼女らはそのまま、木々を蹴って再び左右に散る。


「そこ!」


 完全に速度が乗る直前。その一瞬の隙を突き、イツキは双子の片割れ・ララに斬りかかる。


「わ!」


 しかし、その一撃は彼女の持つ短刀に防がれる。そして、ここからが彼女達の必勝パターン。一人が相手を引き付け、フリーになったもう一人が……。


「……死角に回り込む。じゃろ?」

「!!」


 短刀を振り上げ、イツキの背後から襲い掛かる双子の片割れ・ルル。その眼前に滑り込む様にラウロンが立ちはだかった。


「皮肉なもんじゃな。連携が完璧すぎる」

「どけ!」


 振り下ろされた短刀の持ち手にラウロンは手の甲を添える。その瞬間、ルルの体が吹き飛んだ。


「なんだ!あれは!」

「『山崩し』。その昔、ラウロン様が巨大な岩の魔獣・ゴーレムを投げ飛ばした際に会得した技だそうです。確か、相手の力を利用して投げ飛ばすのだとか……」


 驚く俺の隣でカタリナが平然と口を開く。彼女らにとっては当然の結果だったらしい。


「うわっ!」


 自らの速度が利用され、ルルは木の幹へと叩きつけられる。


「ルル!」

「あら?随分余裕ね」


 連携が破られ、一瞬の動揺をみせたララ。その隙を見逃すイツキではない。自らの剣を受け止めている短刀ごと、剣圧で彼女を吹き飛ばす。


「きゃあ!」


 ララは先に地に伏しているルルの隣へと倒れ込む。そうして一纏めになった彼女達の足を、イツキは魔法で氷漬けにした。


「よーし。これで動けないでしょ。……よくやったわ。ラウロン」

「ほほほ。こやつらの連携は完璧でしたわい。じゃが、定石通りの動きというのは読まれやすい。時には多少の雑味も必要ですぞ」

「くっ!殺せ!」

「殺せ!」


 氷で動かなくなった足をモジモジと捩らせながら、ルルとララは言った。


「足だけでしょうが!どういう死生観してんのよ!もっと足掻きなさいな!」

「最近の若者は諦めが早くていかんのぅ」


 笑いながら語るラウロンはケロリとしている。なるほど、あの疲労も演技だったか。……なんと老獪な。

 だが、合点がいった。普段の飄々とした態度からは想像もつかないが、ラウロンはこのパーティにおける頭脳。経験に基づいた戦術面も担当しているのだろう。


「良かったですね?ツヴァイ様!」

「ああ。あの二人はドライの腹心だ。これでだいぶ戦力が……」


 その瞬間。嫌な予感が胸を掠めた。ドライは俺達を狙撃できる弓の腕前がある。問題は、いつその一撃を射つのか?

 強敵を倒し、一息をついた今。主力の二人が消耗した今。開けた場所で一塊になっている今……。


(もしや!)


 一撃のもとに敵を葬り、なにより効率を重視する男が狙う場所。俺は、自身とカタリナ。イツキとラウロンが一直線に並んだ先を見た。その遥か先では、何かがキラリと光った気がした。

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