はじめてのおつかい②
栗色の髪を揺らし、元気よく歩きだしたカタリナ。俺はそんな彼女の後を追い、道具屋へと向かった。
一見寂れているとはいえ、大きな都市の道具屋だ。さぞ、立派な品揃えだろう。……などと思っていた俺が甘かった。
「失礼だが、ご主人。薬草の在庫はこれしか無いのだろうか?」
道具屋に着くなり俺は、隙間だらけの陳列棚を指差し、道具屋の主人に質問をする。その質問に彼は首を横に振った。
「悪いけど、それしかないんだ。何せ商品が届かないもんだから」
「商品が届かない?」
「ああ、ちょっと問題があってね。ここ最近は薬草やら装飾品やらを運んでくる行商人がパッタリといなくなっちまった。おかげでウチの店もこのザマさ」
なるほど。リマの町がこの様になった要因の一つは物資の流通にあるらしい。腕組みをし、そんなことを考えていた俺に、今度は道具屋の主人が話を振ってきた。
「しかし、にいちゃん……ここいらじゃあ見ないが、旅の人かい?そんな厳つい鎧着込んじゃって、強そうだねぇ。」
「あ、ああ。まあ、そんなところだ」
世間は今、魔王軍VS勇者一行の真っ只中だ。そんな中、人間の町で『俺は元魔王軍です』などと口が裂けても言えないだろう。ましてや、つい最近まで四天王の一角を担っていたなどと知られた日には、大なり小なりパニックが起こることは想像に難くない。
そう考え、適当に話を濁した俺の後ろから、カタリナがピョコンと顔を覗かせた。
「そーなんですよ。ツヴァイ様はとっても強いんですよ?なんたって、あの魔王軍の元・四天n……」
「おおっとぉ!あっちの店も気になるなぁ!行くぞ、カタリナよ!」
俺は素早くカタリナの口元を塞ぐと、驚く彼女を小脇に抱え、道具屋とは反対の道に向かって一目散に駆け出した。
「……ぷはっ。どうしたんですか?ツヴァイ様?」
「魔王軍の者がこんな町中にいると知れたら、大騒ぎになるだろう!」
カタリナは、キョトンとした顔で焦る俺を見上げた。まるで意味がわからないとでも言いたげな顔だ。
「でもツヴァイ様はもう勇者様のお仲間ですよね?」
前言撤回。意味がわかっていなかった。
「そんな事情、町の人間は知らないだろう」
「……あっ!」
ようやく俺の意図を理解したカタリナは、申し訳なさそうに項垂れる。
「ご、ごめんなさい。私のせいであの道具屋さんに変に思われちゃいました」
「過ぎたことはしょうがない。それに元々大した品揃えでもなかったんだ。道具が買えなくてもそこまで支障は無いだろう。それより、次は食料を見に行こう。腹が減っては戦はできんと言うしな!」
「そ、そうですね!私、美味しい食材を見分けるの得意なんですよ!」
俺の腕から降りたカタリナはそう言うと、腕捲りをし、食料品売り場へと向かって行った。
幸い、日持ちする乾物ばかりではあるが、食料はそれなりの量を確保することができた。
「あの、大丈夫ですか?」
「問題無い。腕力には自信があるんだ。それに乾物中心だから、見た目ほど重くはない」
俺はカタリナが吟味してくれた食料の山を抱えると、腕を上下させてみせた。それを見た彼女はようやく安心したのか、ホッと胸を撫で下ろす。
「わかりました。では、私はお支払をしてきますね?」
だが次の瞬間、痩せた男が俺の脇を抜けると、カタリナに向かって体当たりをした。
「きゃっ!」
その拍子に、彼女は金貨の入った袋を落としてしまった。痩せた男は素早く袋を拾うと、凄まじい速さで走り去っていく。……なるほど、ひったくりというヤツか。
「
俺は魔力を解放すると、脱兎の如く駆けている男の前方に防壁を展開する。そしてそのまま男は止まることなく、魔力の壁に正面衝突したのだった。
「ぶふぇっ!!」
情けない声を上げて気絶した男の首根っこを掴むと、俺は店の人間に盗人を突きだした。そして、尻餅をつくカタリナに声をかける。
「おい、ケガはないか?」
「は、はい。大丈夫です」
フラフラと立ち上がったカタリナは明らかに元気が無い。やはりどこか怪我をしたのだろうか?
「とりあえず目的の物は手に入ったんだ。イツキ達と合流しよう」
「……そうですね」
その時、カタリナの元に一人の若い男が駆けよってきた。
「あの!その格好、回復術士の方ですか!」
「え?ええ」
「良かった!実はこっちに怪我人がいて……。助けてもらえないですかね?」
「本当ですか?!……わかりました。すぐに行きましょう!」
「ありがとうございます!では、こっちです!」
カタリナは若い男に言われるがまま、細い路地裏へと向かって行った。その様子に胸騒ぎを覚えた俺は、店の者に購入した商品を預けると急いで彼女達の後を追うのだった。
「あの……本当にこんな所に怪我人がいるのですか?」
「ん?あ~、いるいる。……あ、アニキ!お待たせしました!」
「おっせぇぞ!……おぉ!なかなかの上玉じゃねえか!」
「あの、どういうことですか?怪我人がいるって……」
「あ?ああ。そりゃあ俺のことだよ。回復術士のお嬢ちゃんに、俺の心を癒してもらおうと思ってな。へへ」
「い、いやぁ!」
カタリナの叫び声。その声に驚き、俺が路地裏に飛び込んだ時、彼女は二人の男に両腕を押さえつけられていた。そして、それが治療目的の行為ではないことを理解した瞬間、考えるよりも先に手がでていた。
「ぐへへ……ん?」
「ひひひ……あ?」
二人の頭を鷲掴みにすると、力任せに持ち上げる。
「貴様ら。俺の仲間に何をしている?」
そして、路地裏の壁にそいつらを深々とめり込ませた。
「「げぇぇ!!」」
ぶらりと垂れ下がる二人の下半身。死んではいないだろう。……多分。
そんなことより、カタリナの安否が心配だ。そう思った俺は彼女の方を見た。その瞬間……
「ヅヴァイざまーー!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったカタリナが俺の足元にすがりついていた。
「怖がったでずぅ。ふぐぅ!」
「もう大丈夫か?」
「はい、お騒がせしました」
カタリナを落ち着かせた後、俺達はリマの町の中央広場にあるベンチに移動していた。
「あの、私。ダメダメですね……」
「まあ、そんな日もある」
精一杯の慰めの言葉も彼女には響かなかったらしく、カタリナの口からは大きな溜め息が漏れる。
「この町でも、ここに来るまでの戦いでも私、ヅヴァイ様に守ってもらってばかりで……」
「それが俺の役目だ」
「でも」
「それに、俺だってアンタと一緒だ」
「え?」
ずっと俯いていたカタリナが、不思議そうに顔を上げた。
「俺だってアンタに治してもらってばかりだ」
そう言いながら、俺は身体のあちこちを指差す。
「こことここは魔獸に噛みつかれた時に傷ができた。ここはラウロンの蹴りで打撲した。土手っ腹にはイツキのヤツが撃った火属性魔法のせいで火傷があった……。だが、全部治った。カタリナ、アンタのおかげでな」
「私の……おかげ?」
「まあ、つまりだな。俺は死ぬ気で仲間を守る。だから、アンタは死ぬ気で俺を治せ。そうすれば理論上は絶対に負けない」
自分でも馬鹿みたいに単純でめちゃくちゃな理論だと思う。彼女もそう思ったのだろう。俺の言葉にカタリナはクスクスと笑いだした。
「ツヴァイ様。流石にそれは単純過ぎませんか?」
「いいじゃないか、シンプルなくらいが。小難しいことばかり考えて生きるより、よっぽど有意義だ」
「そんなものですかね?」
「そんなもんさ」
二人でそんな下らない話をしていると、聞き覚えのある声が俺達を呼んだ。
「あっ!いたいた!」
宿の確保と情報収集をしていたイツキが俺達のもとに駆けてきた。
「こっちは色々わかったわよ。今から情報を共有するから宿屋に集合ね。ほら、早く!」
イツキはカタリナの腕を引っ張ると、ずんずん宿屋に向かって歩いていく。
「あら?カタリナ。アンタなんかいいことあった?」
「ふふ。秘密です」
先を行くカタリナがこちらを振り向く。そして、儚げに微笑んだ。
「ツヴァイ様。私のこと、これからも絶対に守ってくださいね?」
「ああ。約束だ」
そして、満足そうに笑った彼女達を俺は足早に追いかけた。
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