捨てる神あれば拾う神あり②

「殺す?俺をか?」


 新たな四天王を名乗るフュンフの言葉に耳を疑う。


「そーだよ、パイセン。あんたの持つ『地の鍵』の回収がオレっちの初任務ってワケ。手段は問わねーらしいしぃ?ダッセェ元・四天王にはこの世からご退場いただきましょうってな感じで参上したんすわ」


 挑発のつもりだろう。フュンフは首をカクカクと揺さぶりながら俺の顔を見る。だが、俺には奴と争う理由など全く無いのだ。


「元々鍵は魔王様の物だ。返せと言うなら直ぐに返そう」

「……あ?」


 何が不服なのか?俺の言葉にフュンフは眉間のシワを深める。


「カーっ!!わかってねぇ!わかってねぇよ、パイセン!鍵なんざ魔王軍クビになった負け犬を痛ぶる為の建前だよ!タ・テ・マ・エ!わかるぅ?」

「…………」

「あー!もう、萎えるなぁ!激萎えっスわ、ホント」


 怒りは無い。あるのは情けなさや悲しみである。自分の代わりに就任した者が、こんなにも品位に欠ける者だという事実に。

 肩を落とす俺の視界の端に、ゆらりと迫る影が見えた。……先程突き飛ばした勇者だ。


「ちょっとアンタ……。人様に不意打ちかましといて無視とか、いい根性してんじゃない!」


 勇者の鋭い一太刀がフュンフを襲う。並みの戦士ならば、まずかわせないだろう。だが


「おおっとぉ!……ケケ、無駄無駄ぁ!」


 勇者の剣が空を切る。かわした、というより消えたようにも見えたが……。あれが奴の固有魔法なのだろうか。


「……単純なスピードとは違うわね。『瞬間移動』ってヤツかしら?」

「おっ!いい勘してんじゃないの。そ、オレっちの固有魔法は『瞬間移動テレポート』。まさに神出鬼没ってワケよ」


 瞬間移動、厄介な能力だ。あの奇襲もヤツの魔法によるものだったのだろう。


(この場を切り抜けるにはどうするべきか?そもそも俺は勇者に加勢するべきか?それとも……)


 命の危機だというのに、頭の中ではごちゃごちゃと考えてしまう。そんな俺の心中を察したように勇者はこちらを振り向いた。そして憎たらしい笑顔で俺に告げる。


「アンタは引っ込んでなさい。さっきの怪我もあるでしょ。パーティ加入の話は後でいいわ。このキモ骸骨ぶっ飛ばすのが先だから」

「……すまん」


 俯く俺を尻目に、フュンフ対勇者一行の戦いが始まった。


「ケケケ!おせおせぇ!」

「……チッ。めんどくさいヤツね」


 フュンフは常に勇者の死角に飛び、巨大な鎌で彼女の命を付け狙う。しかし、流石は勇者といったところか。野性的な勘と、人間離れした反射神経でその悉くをかわしている。


「いつまで逃げれんのかなぁ?なあ、勇者ちゃんよぉ?」

「人の周り飛びはねながら喋んないでくれる?舌噛むわよ」


 二人のやりとりを心配そうに、回復術士のカタリナが見つめる。そして彼女は、自身を守る様に立つ格闘家のラウロンに懇願した。


「ラウロン様!勇者様が危険です!私は大丈夫ですから加勢に行ってあげてください!」

「ならん。ヤツの魔法ならば、この距離を一瞬で詰めることも可能であろう。もし、あの男が狙いをこちらに変えた場合、近間の戦いが苦手なヌシは格好の的じゃ。勇者殿もそれをわかっているから、ワシらに待機を命じたはず」

「そんな……」


 悔しそうに杖を握りしめるカタリナ。そんな彼女にラウロンがきわめて冷静に話しかける。


「大丈夫。ワシらにはワシらの仕事がある。じゃからヌシは強化魔法の継続と、万が一に備え勇者殿の回復の準備をしておくんじゃ」

「はい!」


 目の前の光景を見て改めて思う。皆、一様に自分の仕事を全うしている。

 勇者も、カタリナも、ラウロンも。多少歪んではいるものの、フュンフでさえ魔王軍の一員として勇者と対峙している。なら、俺は?俺の全うすべき事とは……。


「そうか。……そうだよな」


 自問自答の末にたどり着いた答え。それと同時に拮抗していた勇者達の戦いも、動き出した。


「見切った!」


 勇者が不意に剣を振る。そこは何も無いただの空間。だが


「うぉっとぉ!」


 突如現れたフュンフは、慌てて身を捩りその太刀をかわす。勇者はヤツのパターンを読み、瞬間移動テレポート先に向かって攻撃を仕掛けたのだ。

 続けて勇者は、瞬間移動直後のフュンフの腹に蹴りをいれた。


「くっ!」


 後方に吹き飛ぶフュンフ。だが、ヤツは何事もなかったかのようにケロリとした顔で立ち上がる。


「ケケ、女だてらに格闘もできますってかぁ?だが残念!効かねえんだよ、んな攻撃。……千載一遇のチャンスを逃したなあ」

「別に?他に面倒な能力でも隠してないか様子見してただけよ。でも期待外れだったわ。奇襲しか脳の無いただの一発屋だったみたいね」

「あぁ!?ナメてんのか!クソアマ!まぐれ当たりで調子こいてんじゃねえぞ!……だったらオレっちの攻撃、もっかい見切ってみろや!」


 そういい放つやいなや、フュンフの姿は再びかき消える。そんなヤツに勇者はため息混じりの言葉を投げ掛けた。


「はぁ。……関係ないのよ。アンタがどこから来ようとね」


 その直後、彼女の死角。後方の右斜め上からフュンフが現れる。しかし、勇者は動じない。


「はぁぁ!」


 死神の鎌が振り下ろされるより速く、激しい風が勇者の周囲に渦巻いた。


(あれは……、風の魔法か!)


 勇者の導き出した答えは360度、全方位への攻撃。あれならば確かに相手がどこから来ようが関係ない。もちろん、勇者ほどの魔力があって初めてできるきわめて無茶苦茶な力業であるが……。


「ぎゃあ!」


 風の刃に襲われたフュンフが悲鳴をあげる。それに伴い、ヤツの動きが完全に止まった。そして


「ラウロン!カタリナ!」

「ほいな!」

「はい!」


 勇者の掛け声に二人は答える。カタリナは速度上昇の魔法をラウロンに付与し、ラウロンはそれを受け光の如き速さでフュンフの眼前に滑り込む。


「ちっと痛いぞ?若僧」

「へ?」


 勇者の蹴りとは違う、本物の格闘家の打撃。何十年も鍛錬を重ねたであろうその一撃がフュンフに突き刺さる。


「ぐえぇぇ!」


 魔法とは本来、高い集中力を必要とするものである。それが瞬間移動のような特殊なものであれば尚更だ。つまり、激痛で精神の乱れている今のヤツは瞬間移動テレポートの魔法を使えない。


「これで終わりよ」


 苦痛に顔を歪めるフュンフに向かって、勇者は巨大な炎の玉を投げつける。……これはかわせない。その場の誰もが、フュンフ本人でさえ思っただろう。だからこそ……。


「来たみたいだな。俺の仕事をする時が」


 俺は自身の固有魔法である防壁展開ディフェンスウォールを発動した。激しくぶつかり合う轟音と閃光。そして、勇者の魔法は強固な壁に阻まれ、消えていく。


「ちょっと!何すんのよ!まさかアンタ、まだ魔王軍に未練タラタラなの?」


 離れた位置にいる勇者が俺に向かって声を飛ばす。反対に劣勢だったフュンフはニヤニヤ笑いながら俺の隣に現れた。


「いや~、助かりましたよ、パイセン。結構やるじゃないスか。あっ!そうだ!オレっちの部下にしてやるよ。魔王様に頼んでやる!……どうよパイセン。嬉しい?嬉しいっしょ?」


 馴れ馴れしく俺の肩に手を回しながらヤツはそう言った。みな、俺がまだ魔王軍に戻りたいと思っているらしい。


「勘違いするな。今のは『手切れ金』だ」

「はぁ?手切れ金?」


 俺はフュンフの手を払い除けると、勇者の元に向かって歩き始める。


「魔王軍には今まで食わせてもらった恩がある。だから、その恩に報いるため俺はお前を助けただけだ」

「自称四天王のキモ骸骨を、このスーパーウルトラつよつよ勇者である私の一撃から守ったと……お釣りがくるんじゃないかしら」

「自惚れるな」


 勇者の前にたどり着くと、彼女は俺を見上げる。


「で、魔王軍を抜けた元四天王様はどうするのかしら?」

「今は無職だからな。新しい職場に俺の有用性をアピールせねばならん。……だからお前らは手を出さないでくれ」


 俺はそう言うと、怒りの表情を浮かべるフュンフに向き直る。


「何よそれ。メンドーな性格してるわね、アンタ」

「俺なりの騎士道ってヤツだ」

「ケケケ!なんだぁ?もしかしてパイセン一人でオレっちの相手するつもりかあ?……ナメんじゃねえぞ!負け犬がぁ!!」


 フュンフが吠える。そして、あの大鎌を構えると、怒りに任せ俺に襲いかかってきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る