第2話 罪は友へ

「我が王、約束を果たしてまいりました」

透き通るような濁りのない若く勇猛であろう騎士の声が聴こえる。


「我が王の名によりかの聖剣は湖畔へ届けました。私は…」


私は遠くなる意識の中で口を挟んだ。

「2度目だ、ベディヴィエールよ。私が所有していた聖剣だ。返したのであれば精霊の反応はとうに無くなっているはずであろう。」


彼は黙ってしまった。

少し悔しそうにしていたと思う。


「やはり、どうしてもですか…我が王!私は貴方こそがこのブリテンに平穏をもたらす王だと信じております!ここでいなくなっては…」


「大丈夫だベディヴィエールよ。私は私の役目を果たした。ならその聖剣は私にとって必要なものでは無くなったと言うことなのだ。私はここで人生を終える。だがそなたにはまだ道が続いておる。」


「しかし我が王よ!」

とても彼は感情的だった。

だが私はそんな彼を一言で遮ってしまった。

「王命だ!」


「…ッ!」


「そなたの私を思う気持ちは伝わった。充分に伝わった。だが私は人の身で長く生き過ぎた。だからベディヴィエールよ、その聖剣と引き換えに私を解放してくれ…」


数秒沈黙が続いた。

それからベディヴィエールは黙って乗馬し、湖畔へと向かった。


ベディヴィエールには迷惑をかけた。

この罪は許してもらえるのだろうか…

そして私は瞼を閉じた。

だが閉じる間に一瞬魔術師のような姿をした者が目の前にいたような気がする。

死の直前だ、幻覚ぐらい見るのだろう。

そして私は現世で老体と別れた。



「何も心配しなくてもいいさ、アーサー王」

いきなり柔らかく暖かい声が私の右耳を癒した。


誰なのかと訪ねようとしたが口先が上手く動かない

それ以前に何故私に意識があるのだろうか


「君も今この状況を不可解と思っているだろうから、少しだけ説明してあげよう!」


私の心を読み取ったのは驚いたが、ひとまず彼女の説明を聞き入れるしかなさそうだ。


「君は本当に死んでいる。これは紛れもない事実だ。そして今君がいる場所が"アヴァロン"だ。誰もが目指した永遠の理想郷さ!そして君は今私の魔術でゆっくりと傷んだ身体だけでなく深く傷ついた精神までも癒しているのさ。」


なるほど…アヴァロンか。

もしや


「もしや…貴方は魔術師マーリンか…」


私はまだ目を開けることは出来ないが、やっとの事でそれだけは言葉にできた。


「もう話せるようになったのかな?このマーリン、とっても嬉しく思うよ!」


本当に嬉しそうに"演技"をするものだ

だが私も少し疲れているようだ。

意識がまた遠くなる

治癒を受けているのだから大丈夫だ

きっと…大丈夫だ…



いつの間にか寝ていた。

だがここまで熟睡出来たのは何年ぶりだろうか…

身体の至る所が生きている事が分かる。

瞼は開き、口も動く。

これでやっとやりたい事が出来る。

そう思った私は硬いベッドで起き上がり、ただ白い"城内"を歩いた。

所々妙な印があったものだからそれを辿るとひとつの大きな木製の扉があった。

扉を開けてみると、緑豊かな自然が存在していた。

真ん中には赤レンガの道があり、それを目でおっていくと遠くに彼女が1人お茶をしているのが見えた。


長々と赤レンガの道を辿っていくと彼女の元へ着いた。

そして私は彼女に話しかけた。

「お久しぶりと言えば良いのか?マーリン殿」

彼女は笑顔を私に向けた。

「久しぶりブリテンのアーサー王」

彼女がそういったあと少し意外そうな顔をした。

「私が意外そうな顔を見せるのが珍しいのか?」

また彼女は私の心を見た。

「そうですな。どうかされたのですか?」


「私は本当に運がいい。まさか300年程度で起きるなんて。」


…?そうか治癒にそれ程の時間をかけなければいけないほどに私の身体は傷ついていたのか。

「それはいい事ではありませんか」


「そうだね。そうだ、私も丁度暇をしていた所なんだ。少し私に付き合ってくれないかな?」



本当に広い所だ。

先程入ってきた扉以外不自然なものは無く、色とりどりの木々や花々が咲き誇っていた。

だが鳥や虫は存在しない。

人の為の理想郷と言うのだろうか、私にはどう呼べば良いか分からない。


黙って彼女の後を追うと少し洒落た白く塗られた木製の屋根付きベンチの前に着いた。

彼女が座るので私も座る。

そうしてそのまま時間が過ぎた。


私がほんのり甘い花の香りに癒されていると、唐突に彼女は

「ベディヴィエールのことをどう思っているんだい?」と尋ねてきた。


「私が1番気にしているところを突いて来る所は昔から変わらないですな。」


1呼吸して、話を続けた。

「ベディヴィエールは私が1番に信頼していた騎士でした。初めて彼と会った時、金髪の剣が振るえるだけの未熟者だと思っていました。しかし私が死する時まで彼は自身の鍛錬を怠らず、最後には彼なりの勇猛さを感じ取れました。主の為に忠義を尽くそうという堅く強い意志がそこにはありました。しかし…」


私はため息をした。

私は彼に重い責任を背負わせた事を悔いているのだ。


「私はあの時自分が背負うべき物を彼に背負わせてしまった…。今でも後悔していますよ。」


あの時の私は彼に責任を背負わせずに出来ただろうか

本当は聖剣の力で彼や皆のために民を率いる事が出来たのでは

これまで考えをやめたことなど1度もなかった。


「そうかい…君は彼をそのように思っていたんだね。」


……やはり彼女は私が話す事などとうに分かっていたのではないのか。


「大丈夫さ。何も心配することは無いさ!ほら、これを見てご覧?。」

そういうと彼女は私の額に手を当て、それを見た。


これは私が死んだ後の世界か…

「……!」

そこには波乱の世を生きようとするベディヴィエールの姿があった。

他の円卓の騎士と手を組み、世界に抗っていた。


「そうか…なら、良かった。」


私はやっと…300年の時を越えてやっと安心出来た。

だがそのような気持ちは次の瞬間で終わってしまった。


「所で、君は"転生"に興味はあるかい?」


「……なんだと?」


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