レイジフォックス ⑥

 訓練生たちは、モノクルの教官の後を静かについていく。足取りが重いせいか、シャノンは最後尾まで来てしまっていた。

 軍事基地の中は、やはりぴりついた雰囲気が漂っている。しかしシャノンが視線を正面から外すと、憤怒の狐レイジフォックス部隊の倉庫――第三倉庫が見えた。そこでは相変わらず、ミスト中佐が整備士たちと共に、四足量産型クアドールの調整を行っていた。


 今日の目的地は、第三倉庫ではない。それよりも奥――本部だ。


 本部もまた、他の建物と同じ黒鉄くろがねで出来ている。装飾は最小限だが、城とも見紛うほど大きな建物だ。正面口から中へ入り、モノクルの教官が受付を済ませる。それから二名の軍人と合流し、広い廊下を進んで、地下へ続く階段を降りていく。思った以上に軍人は多いようだ。どこへ行っても、真剣な眼差しの軍人たちとすれ違う。けれど今のシャノンには、そんなことどうでもよかった。これから会う捕虜がどんな扱いを受けているのか――敵とはいえどんな人物なのか――そっちのほうが気になっていた。


「ここです」


 と、片方の軍人が鉄の扉の前に立つ。ここは地下二階のようで、入り組んだ廊下の先にある。軍人が扉のパスコードを入力し、取っ手に手をかける。

 ――そして扉を開ける直前、軍人が突然なにか叫んだ。


「下が――ッ!!!」


 直後、軍人の手元で巨大な爆発が巻き起こった。とっさに身を屈めた生徒たちの頭上を、吹き飛んだ扉が舞っていく。シャノンの頭上もスレスレだ。


(え……?)


 本部全体が揺れ、天井から埃が降り落ちてくる。廊下中に取り付けられた照明が、明滅を繰り返した後――辺りは暗闇に飲み込まれた。


 ――絶叫が伝播する。パニックになっている者がほとんだ。シャノンの呼吸が荒くなる。これはいったい――。


 ――暗闇の中、誰かが口元を抑え込んできた。ごつごつとした男の手だ。それから手際よく腕を縄状のもので縛られ、みんなの元から引き剥がされていく。シャノンは理解していた。これは一人だけの仕業ではない。少なくとも三名ほど。自分を連れ去ろうとしているのだ。


 わけがわからず、叫ぼうとするが――口元を抑えられてはうめき声しか出せない。それに、すでに生徒たちからは遠く離れている。


 そしてなんの前触れもなく、首元になにかを撃ち込まれた。一瞬の激痛の後、瞼が急激に重くなり、視界が狭まっていく――。

 そこで、シャノンの意識は途絶えた。


 ――どれくらいかして、非常照明が点灯した。生徒たちはパニック状態で、扉を開けようとしていた軍人二名は、血だらけで床に倒れ込んでいた。

 

「クルル、大丈夫か!」


 兄のクラウスは、妹の姿を確認するなり怪我がないか確かめ始めた。


「だ、大丈夫。シャノンも怪我はない……? ――あれ、シャノン?」


 クルルが赤髪を揺らし振り返るが、そこにシャノンの姿はない。


 モノクルの教官が生徒たちをなだめようとするが、この場を収めることは不可能だ。それほど、予想外の出来事だったのだ。

 すると、けたたましいサイレンが響き渡り、スピーカーから男声が聞こえてきた。


「――捕虜が逃走した。金髪の女生徒を人質にとっている。繰り返す。捕虜が――」


 クラウスとクルルがはっと顔を見合わせる。そして同時に、モノクルの教官へと声を張り上げた。


「先生、シャノンが……!!」





 ――――――――――――。


 ――――――――。


 ――――――。


 ――シャノンの意識が、ゆっくりと、水の中から引き上げられるように覚醒していく。


「――早――――俺た――」


「こいつは――――利――――」


「アドラ――――殺し――――」


 三名の、聞き覚えのない男性の声。眠気の残滓がもう一度シャノンの意識を掴もうとするが……。

 そこで、シャノンの意識がはっきりと戻った。起き上がろうとするが、腕を縛られており、横向きで地面に寝そべった体勢のまま起き上がれない。苔の生えた石の地面に、石の壁。まるで狭い洞窟のようだ。が、側を流れる汚水を認識した途端、嫌な臭いに顔をしかめた。ここはどうやら、地下下水道のようだ。

 視線を巡らせれば、小さなランタンの明かりを囲んで、三人の男がこちらを見ていた。二人は、アドラ帝国の青の軍服を着ていて、全身ぼろぼろだった。どこからどうみても、捕虜の敵兵だ。最後の一人は、怪我一つなかった。それに、着ている服が違った。

 あの灰色と赤の軍服――あれは――。


 その男が、ふーっと息を吐く。茶色の短髪に、凛々しい眉を持った、顔立ちの良い三十代ほどの男だ。男が「起こしてやれ」と告げると、アドラ帝国の兵士たちがシャノンの体を支えて膝立ちにさせた。


 灰色と赤の軍服の男が、シャノンの顔をまじまじと眺める。シャノンはようやく声を絞り出すことに成功した。


「そ、その軍服……まさか……」


「ああ」


 とその男が応える。

 あの軍服には見覚えがある。けれどどうして、アドラ帝国の捕虜たちと――。


「俺はローゼン。見ての通り、サントロス帝国の軍人だ――」



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