レイジフォックス ③

 搭乗者パイロット育成学校とサントロス帝国軍事部隊の基地は、一枚のフェンスを隔てて隣り合わせになっている。


 もちろん、フェンスを乗り越えるような真似はしない。門で所定の手続きさえ行えば、訓練生でも入れるのだから。


 広大な敷地のど真ん中――。建物は黒鉄で味気ないが、空に広がる夕焼けと吹き抜ける風はとても心地が良い。


 門を抜けると、連なって並ぶ倉庫へとすぐに向かう。整備士たちとすれ違うたび、シャノンはぺこりと会釈し、どんどん進んでいく。

 やがて、倉庫へとたどり着いた。三つ並ぶ倉庫の内、一番新しくできたらしい右側の倉庫へ。倉庫は量産型ドールズが複数体入るほど大きい。扉は開放されており、中には一体の量産型ドールズ――サントロス帝国仕様の四足量産型クアドールがぽつんと佇んでいた。


 その足元で、《憤怒の狐レイジフォックス》部隊の軍服を来た誰かが設計図を片手に四足量産型クアドールを見上げていた。あの青色の短髪には見覚えがある。


 シャノンは門の前に立ち、一度怯んだ。あんな真剣に仕事をこなす人物に声を掛けてもいいものか……。

 しばし佇んでいると、背後から肩へぽんと手を置かれる。


 シャノンは、


「ぴゃっ!?」


 と情けない声で驚くと、すぐに振り返った。


 眼の前に立っていたのは、《憤怒の狐レイジフォックス》部隊とは別の軍服を着た、若い男だった。髪を七三わけにしており、目は細い。無言のまま、シャノンの顔をじろじろと見つめている。


「あ、あの……」


 その男は、さらに無言のまま手を出してくる。握手の意味だろう。シャノンはぎこちない動きで握り返し、


「く、訓練生のシャノンです」


 と自己紹介をする。すると男は、ふと頬を赤らめ、


「……好き」


 とぼそりと呟いた。


 これにはシャノンも頬を引きつらせ、ぱっと手を放してしまう。失礼だとかどうかは関係ない。多分この人は変態なのだと、すぐに理解してしまった。


 たじろいでいるシャノンの背後から、からかうような笑い声が届いてくる。さらに振り返ると、古傷を負った顔に笑みを浮かべた、青色の短髪の男が歩み寄ってきていた。軍服越しでもわかる屈強な肉体を持ち、年齢は四十歳ほどか。口元には火の点いていない葉巻を咥えている。


 シャノンは打って変わって、敬礼と共に出迎える。


「み、ミスト中佐。お疲れ様です」


「ははっ。中佐はやめろ、堅苦しい。――久しぶりだな、戦火せんかの少女ちゃん」


 首を傾げるシャノン。それからミストは、細目の男へ視線を向けた。


「こっちの変な男は、《蛇の牙スネークファング》部隊のヒューデル。女性と話すのが苦手で、そのまま思ったことを口に出してしまう」


「そう、なんですか……」


 シャノンは蔑む視線で、細目の男――ヒューデルを見る。ヒューデルは顔を手で覆い、


「性癖が歪む……!」


 とだけ言い残して、第二倉庫へと走って――否、逃げていった。

 シャノンはその様子を最後まで見送り、苦笑している。ミストも手を振り終えると、さあ、と仕切り直した。


「んで、なんの用だい、嬢ちゃん」

 

「あの、稽古をつけてほしくて」


「稽古ぉ?」


 ミストは古傷を指で掻きながら、しばし考え込む。そして結論にたどり着くと、また笑った。


「さては、ラフィリアに――いや、ラフィリアに頼まれたな?」


 大佐、の部分をわざと強調して、シャノンへ問う。シャノンはというと、視線を泳がせ、口をもごもごとさせている。


「まあいいさ! 俺が推薦したみたいなもんだしな」


「で、でも、忙しければ今度でも……」


「いや、さっきは整備の最終チェックをしていただけだ。本当は、整備士の仕事なんだが、命を預かる機体だ。最後は俺がチェックしてやりたくてな」


 そんな考えは、今のシャノンには到底なかったものだ。


「ミスト中佐は――」

「ミスト『さん』な」


 と、ラフィリアの時とは真逆のやり取りをしてから、続ける。


「ミストさんは、どうしてあたしの加入を認めてくれたんですか? まあ、まだ訓練生ですけど……」


「あー……まあ、、かな」

 

 似ていた? 誰と? と胸中で疑問を浮かべ、またしてもシャノンは首を傾げる。だがミストは、それ以降その話題には触れなかった。


「さっそく、おじさんが稽古をつけてやろう。なにから知りたい?」

「全部ですっ」


「即答かよ」


 ミストはシャノンの目を見て、ははっと笑う。だがミストは見抜いていた。

 シャノンが真面目だから、だとか、早く訓練生を卒業したいから、だとか、そんな目標のためにここへ来たわけではないことを。シャノンはそれよりも先の未来を見据えている。その先にあるのは、復讐だ。だがそれこそが、シャノンの原動力なのだ。


「体術に、人型機械マキナの操縦訓練――やることはたくさんあるぞ。ついてこれるか?」


「――はい!」


 こうして、シャノンとミストの訓練が始まったのだった。



 ――初日は、なんと深夜十一時まで稽古に付き合ってくれた。寮には申請を出していなかったため、門限を破ったせいで怒られてしまったけれど、明日からはもう大丈夫だ。

 二日目、三日目も、雨が降ろうと通い続けた。《憤怒の狐レイジフォックス》部隊の他のメンバーとも仲良くなれたし、他の部隊とも知り合えた。

 四日目、五日目も、ミストの元へと通った。ミストは、授業だけでは教われない、操縦のコツや部隊としての考え方も叩き込んでくれている。シャノンは日を追うごとに知識と力をつけていき、それは実技訓練にも活かされていった。


 何度目かの実技訓練で、シャノンはなんとクラス内で一位となった。四足量産型クアドールでの射撃精度訓練だったが、他の生徒に差をつけての高得点だ。


 もちろん、ミストへは授業終わりにすぐに報告をしに行った。特別稽古による連日の夜更かしのせいで、目の下にクマができており笑われてしまったけれど。


 ミストは、まるで親のように褒めてくれる。


「すげぇな、まだ一週間足らずでこれか」


「ミストさんのおかげですよ」


「どうだろうな。もしかしたら、ラフィリア以上の兵士になれるかもな」


 ミストはいつもの癖で、わははっと笑う。それから口元を抑えて、


「……ラフィリア、な」


 と言い直す。

 そこでようやく、シャノンは気になっていたことを切り出すことにした。


「あのぅ、ミストさんとラフィリア大佐って、どういう関係なんですか?」


「どうってそりゃあ、ラフィリア大佐が上司で、俺が部下ってだけだ」


「そ、そうじゃなくて、どこで知り合ったのか、とか……」


「あー……なるほどな」


 ミストはこれまで火をつけていなかった葉巻に、マッチを使って火を灯す。それから煙を吐き出しながら、倉庫の天井へ向けて立ち昇っていくそれを、ぼうっと眺めた。


「……シャノン。君とラフィリアの境遇はよく似ている。あいつもまた、俺が推薦したんだ。君と同じく、戦争に巻き込まれてな」


 シャノンは黙って聞いている。ミストは、内緒だぞと釘を指してから、ゆっくりと語りだすのだった。


ラフィリアあいつは――過去の記憶が無いんだ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る