《憤怒の狐》部隊
レイジフォックス ①
「——イヴェル歴492年に試作された
モノクルを掛けた白髪の老人が、教壇の上から鋭い視線を向けてそう言った。
サントロス帝国の
今期の訓練生は百名を超え、その中の二十名が、最終選別を経て正式な
――訓練学校の一室で、その百名が授業を受けていた。年齢は様々だが、ほとんどが二十歳以下だ。全員がモスグリーンに赤のラインが入った制服を着ている。男女揃って、ズボンを着用していた。そうは言っても、女性の数は少ないのが現状だ。
さて、モノクルを掛けた白髪の老人の視線は、誰へ向けられているのか。
それは、必死になってノートに筆を走らせている金髪の少女だった。
「……君だよ、君」
そこで、金髪の少女がはっと顔を上げた。それから慌てて「はいっ」と声を裏返し、勢いよく席を立つ。腰まで伸びた癖のある金髪が、さらりと揺れる。
金髪の少女は、口をもごもごとさせ、「あの」だの「えっと」だの言葉を詰まらせている。
先生の話を聞いていなかったわけではない。「問い」は覚えている。
「イヴェル歴492年に試作された
そもそも、その答えが分からなかった。
「し、シルベット駆動機構……でしょうか」
金髪の少女の肩が震えている。静まり返った教室内で、どこかでくすくすと笑い声まで聞こえてきた。
モノクルを掛けた先生が、ふーっと息を吐く。
「そんなに難しい問題ではないと思うがね。正しくは、ローハウト駆動機構だ。そんなこともわからないのかね」
「先生ぇ」
間髪入れずに、金髪の少女の背後で、一人の男子生徒が手を挙げて割り込んだ。
「そいつ、途中入学ですよ。十ヶ月も訓練生をしている俺たちと一緒にしたら可哀想ですよぉ」
励ましのように聞こえるが、それは嘲笑だった。釣られて、他の生徒たちも笑い始める。
すると、授業の終わりを知らせるベルが校舎内に響き渡った。
「今日の授業はここまでだ。明日朝までにレポートを提出するように」
先生がモノクルを外し、レンズをハンカチで拭きながら終わりの号令を出す。生徒たちが一斉に部屋を後にする中、モノクルの先生が問う。
「君、名前は」
金髪の少女は視線を落とす。叱られると思ったからだ。しかし、直立したまま敬礼と共に豊満な胸を張り、
「し、シャノンですっ。数日前にこの訓練学校に入学しましたっ」
と歯切れのよい声で応えた。
モノクルの先生は「ふむ」と頷く。金髪の少女――シャノンは、次の言葉が益々怖くなった。もし、学校を辞めろと言われでもしたら全てが台無しだ……。
だが、先生はモノクルを掛け直すと、教室を出る直前こう言った。
「むしろ、よくシルベット駆動機構を知っていたものだ。まだ数日で、よく必死に喰らいついている。この調子だぞ、シャノン君」
これにはシャノンも、ぽかーんと口を開けていた。それから、「はいっ!」と元気に応えて見せる。
その横では、赤髪ポニーテールの少女が、椅子に腰掛けたまま嬉しそうにシャノンを見上げていた。
「よかったじゃん、シャノン」
赤髪の少女は、太陽のようににっと微笑んで見せる。その笑顔が、彼女の褐色の肌に似合っていた。シャノンは頷き、ノートを片付け始めている。
その横で尚も、赤髪の少女は言葉を連ねる。
「まあ、あたしのお陰カナー。急に入学してきて、相部屋のあたしに勉強を教えてくれって泣きついてきたときは驚いたよー。でも、この天才美少女クルルちゃんの手にかかれば――」
その時、少女――クルルの頭を、教科書の角で小突く男子生徒が一人。クルルと同じ褐色肌に、目元まである赤い髪。年齢はクルルより少し上。
クルルは悶絶した後、勢いよくその男子生徒の方へ振り返った。
「いっっったいなぁ! なにすんのよ、このバカ兄ぃ!! しかも角! 教科書の一番攻撃力高いとこぉ!」
「自分の手柄にしようとするからだろ。全部シャノンの実力だ」
クルルの実の兄は、クラウスと言う。クラウスはシャノンへ、白い歯をきらりと光らせて微笑むと、そのまま教室を出ていった。
シャノンは目をぱちくりとしている。対してクルルは頭を抑えながら、
「ちっ。死ね、バカ兄。あいつ、絶対シャノンのこと好きだよ」
「……そうなの?」
「まあ、あんた男とか興味なさそうだもんねぇ。――ってやばっ! 今日って集会がある日だよね!?」
「……? しゅうかい?」
クルルは、聞く相手を間違えたとばかりにアホ面で硬直する。入学して数日のシャノンが、知るわけがない。
「とりあえず、着いてきて!」
クルルが駆け出すと、シャノンも慌ててノートを抱えて追いかける——。
――シャノンは今、別に訓練学校での生活を謳歌しているわけではない。そもそも、一年前から学んできた生徒たちに、最終選別までのたった一ヵ月で追いつこうだなんて普通ではない。
それでも、シャノンはやるしかなかった。
全ては、両親を殺したアドラ帝国に復讐するため。
そして。
素性を隠し、両親を見捨てたロゼと決着を付けるために――。
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