神々の遺跡 ⑩


 過去の記憶が、景色が――遠ざかっていく――。



 ――ファーストワンの搭乗席で、額から血を流したロゼが、ようやく目を覚ました。額に触れると、ロゼの細い指先に鮮血がべっとりと纏わりつく。

 一度目を細め――それからはっとして正面のモニターを睨みつけた。


 ファーストワンは仰向けに倒れているようだった。モニターは正常に映っている。だがモニターに映し出されるファーストワンのエネルギー残量がほとんどゼロになっていた。しばらくすれば、このモニターも消えてしまうだろう。


 薄暗い、開けた空間。地面はごつごつとしており、辺りには瓦礫が散乱している。岩壁には巨大な絵が描かれている。なにを現しているか分からないが……ある巨大な戦艦のような物から、無数の人型機械マキナが吊るされている絵のようだ。まるで、その人型機械マキナは、戦艦の操り人形であるかのように……。


 ここは、あのピラミッド型の建物の中だ。天井には、巨大な穴が穿たれ、そこから陽光が柱のように差し込み、ファーストワンの銀の装甲を照らしていた。


「――生命反応あり。まだ生きているとはな」


 闇の中から、機械質な男声が聞こえてくる。同時に、人型機械マキナの駆動音。


 闇の中から姿を現したのは、黒い人型機械マキナ――機械仕掛けの神デウスエクスマキナだった。


「空の民の生き残りよ。我が憎いか」

 

 警戒しているのか少し距離を取った状態で、機械仕掛けの神デウスエクスマキナがファーストワンを――ロゼを見下ろす。


 ロゼは力強くスラストレバーを握りしめるが、ふと力を抜いた。スピーカーをオンにして、


「絶対に、殺してやる」


 抑揚もなく、ただ無表情で、ロゼは宣告する。


「貴様には無理だ。神を殺せる者など、この惑星ほしにはいない。……しかし、可能性は排除せねばな」

 

 機械仕掛けの神デウスエクスマキナの腕が、カノン砲へと変形し、その巨大な銃口がファーストワンの胸元へ向けられる。


 だがロゼは慌てなかった。ロゼの右目が空色に輝いている。ロゼが落ち着いている理由。それは――。

 からだ。


 突然、地鳴りがし地面が震え始めた。

 機械仕掛けの神デウスエクスマキナは銃口を1ミリもずらさない。

 だがその直後、地面に亀裂が入った。そのまま地面に深い穴が穿たれ、ファーストワンを飲み込んでいく。機械仕掛けの神デウスエクスマキナはブースターを点火し、宙に浮きながら落下するファーストワンを見下ろしていた。


 対してロゼは、機械仕掛けの神デウスエクスマキナの姿をじっと見上げていた。


 今はまだ、勝てない。


 その事実を受け止めるのが、ロゼは心底苦しかった。だが、表情に出したりはしない。あの頃の自分は、とうの昔に死んでしまったから。


 ファーストワンのエネルギーが、ついにゼロになり、搭乗席は暗闇に包まれた。まもなくして、機体を衝撃が包み込んだ。

 地面にぶつかったわけではないだろう。そうであれば、この落下距離……ひとたまりもなかったはずだ。それに、この激流音――。

 

 地下水脈か。しかも、かなり激しい流れのようだ。


 ファーストワンがどんどん流されているのがわかる。と、破損した箇所から操縦席へ、水が流れ込んできた。

 透明で綺麗な水だ。驚くほど冷たい。操縦席が水で満ちるのも時間の問題だ――。




 ――どれくらいかして、操縦席は冷たい水で満ちていた。なんとか息を止めていたが、そろそろ限界だ。

 ロゼの口元から、気泡が溢れ浮かぶ。肺が酸素を取り込もうと必死になっているのがわかる。もう諦めるしかないのか。

 ロゼの瞼が、ゆっくりと落ちていく。


 ファーストワンのエネルギー残量はゼロだ。機体を動かせるわけがない。


 ……そのはずなのに。

 

「ロゼ」


 突然、母親の声が聞こえた気がして、ロゼは落ちかけていた瞼を開いた。

 ファーストワンのモニターに光が灯る。見れば、エネルギー残量がほんの1メモリ分だが回復していた。


 こんなこと、奇跡以外のなにものでもない。しかしロゼはその奇跡にすがるようにスラストレバーを握り、ブーストを全開にして水中を切り裂いた――。




 それからのことは、あまり覚えていない。気がつくと、ロゼは白い砂浜の上でひどく咳き込んでいた。傍には、破損し動けなくなったファーストワンの機体がある。


 冷たい水中にいたせいで、降り注ぐ陽光が温かい。まるで、母親に抱きしめられているようだった。


 今にも気を失いそうだが、ロゼはなんとか辺りを見渡す。

 なにもない砂浜。背後では、波が寄せては引いてを繰り返し白波を立てている。


 遠くに、人影が見えた。だが、視界が霞んで、よく見えない。

 この世界で、信用できるものはいない。ロゼはなんとか立ち上がろうとしたが、体から力が抜け、そのまま砂浜に倒れ込んでしまった。


 指先一つ動きやしない。どうにかして、この場を離れなければ――。


 意志とは逆に、瞼がそっと閉じていく。ロゼの意識は、深い暗闇の底へと落ちていった――。

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