神々の遺跡 ⑦

 月光が降り注ぐ、静かで残酷な夜――。

 

 突然の地響きに、ロゼはベッドの上で目を覚ました。突き上げるような衝撃に、隣で眠っていた母親も慌てて体を起こす。

 部屋を出ると、各部屋からもそれぞれ飛び出してきた。


 貴族の男ケイリッドは、警戒しているようだった。寡黙な謎の男モーランは、どうやら部屋から出てきていないらしい。

 すると、若い女性クレアと、優しい青年アランは揃って声をあげた。


「軍が来たのかも知れない!」


 二人揃って屋敷の扉へ向けて階段を降りていく。ロゼも母親と一緒にゆっくりとついていった。


 クレアとアランが扉を開ける。そして、


「やっぱり軍だ! 軍の人型機械マキナが来てくれたぞ!」


 とアランが嬉々としてみんなへ知らせた。


 ロゼと母親、ケイリッドも続く。ロゼがたどり着くと、たしかに目の前には、スカイコロニーの灰色の人型機械マキナがいた。片腕を失い、片足も損傷している。膝立ちになり、機体を支えるように方手を付いていた。

 全身煤だらけで、肩には『7』の文字――。


 ロゼの父親が乗る機体に違いなかった。


「お父さん!」


 地面を蹴って、ロゼが駆け出す。すると、胸元のハッチが開いて、登場席があらわになった。


 登場席に座っていたのは、間違いなくロゼの父親だった。しかし、額から血を流し意識は朦朧としている。どう考えても、助けにきたわけではなさそうだ。

 ロゼの母親も駆け寄った。父親は小さくうめいている。なにか、伝えようとしているようだ。

 

「待ってて、お父さん!」


 ロゼはどうにか父親を下ろそうと、機体の足元で思案している。するとようやく、父親がなにを言っているのか聞き取れた。


「に……げろ……!」


 次の瞬間、どこからか漆黒の太いワイヤーのようなものが伸びてきて、登場席に座っていた父親の体をぐしゃりと貫き――いや、押しつぶした。

 血しぶきが、足元にいたロゼの全身へと降りかかる。

 地面は真っ赤。登場席は粉々。


 そこにあったはずの父親の顔が見えない。見えるのは、ワイヤー越しに見える、あらゆる方向へ折れ曲がった父親の四肢だけ――。


「あ――」


 ロゼはその言葉しか絞り出せなかった。感情がぎゅっと圧縮され、自分がなにを感じているのか、なにを思っているのか理解できなくなる。

 世界が左右へ激しく揺れる。頭がくらくらする。

 ロゼはゆっくりと、母親の方を見た。母親は、口元を抑え、目を見開いている。


 そして、母親が悲鳴を上げた。


「いやああああっ!!」


 父親を殺したワイヤーが、血を撒き散らしながら元の場所へと戻っていく。よく見れば、ワイヤーの先端は鋭利に尖っていた。

 ワイヤーが引き戻されていく方向を、ロゼは無感情で眺めている。ケイリッドがなにか叫んでいるが、よく聞こえない。


 ワイヤーは上空へと戻っていく。その先では。


 ――あの、漆黒の人型機械マキナが、月光を背にしてこちらを見下ろしていた。


「こっちだ!!」


 そこでようやく、ケイリッドの言葉をロゼは認識した。屋敷の裏へ来いと言っているらしい。

 先にケイリッドが駆け出す、続いて、クレアにアラン。母親は、絶望の表情でただ呆然と、愛する夫の亡骸を見つめていた。


「お母さん!」


 ようやくロゼも足を動かした。しかし、母親は動こうとしない。母親の手を掴み、体を揺らしてみる。けれど、ロゼのことも視界に入っていないようだ。


「お母さん……!!」


 そうこうしている内に、またワイヤーが伸びてきた。それは、ロゼと母親へ狙いを定めている。

 

 と。


「危ない!!」


 声が聞こえたかと思うと、アランがこちらへ戻ってきているところだった。アランが、ロゼと母親を突き飛ばす。アランも身をかがめて伸びてくるワイヤーを避けた。


「早く、こっちへ――」


 話していたアランへ向けて、ワイヤーが勢いよく旋回してくる。そしてなんと、太いワイヤーの先が割れ、牙の並ぶ口のようなものへと変化した。


 それが、アランの上半身へばっくりと噛み付いた。アランは必死に抵抗しているが、すぐに動かなくなってしまった。おびただしい量の血が、ワイヤーの口元からこぼれ出ている。


 そこでようやく、母親が我に返った。まるでロゼを守る使命を思い出したかのように、手を取って駆け出す。


「ロゼ! ごめんなさい……! ママが必ず守るからね!!」

 

 ロゼは必死に頷くことしかできない。感情がぐちゃぐちゃになっている。今、感情を整理してしまったら、涙が止まらなくなることだろう。


 ケイリッドを追って、屋敷の裏へ。駆けている間、またワイヤーが襲ってきた。それは、目の前を走っていたクレアを突き上げ、殺した。もう一度ワイヤーが伸びてくる。すると、母親はワイヤーへ向き直った。

 ロゼはその瞬間、母親の空色の片目が輝いていることに気がついた。母親がロゼを引き寄せ、左へ避ける――。


 するとワイヤーは、ロゼたちとは逆の方向へ向かっていった。母親が、空色の目を手で抑えている。痛むのだろうか。しかし、母親は足を止めなかった。


 屋敷の裏には、地下水路へ続くマンホールがあった。ケイリッドが蓋をこじ開ける。


「先に行け!」


 ケイリッドの言葉通り、まずはロゼ。次に、母親が暗闇の中へとはしごを使って降りていく。

 最後まで地上にいたケイリッドは、一瞬の悲鳴の後、降りてくることはなかった。


 ロゼと母親は、地下へ降り立つと息を潜めた。この地下水路は、雨水や定期的に吸い上げる海水を処理施設へ運ぶためのものだ。


 ――十秒が経った。それでも、ケイリッドは降りてこないし、どこへ行ったかわからないモーランもやってこない。あのワイヤーすら、襲ってくることはなかった。


「……ロゼ」


 突然、母親がぎゅっと抱きしめてくる。ロゼもまた、抱きしめ返した。


「お父さんは、立派に戦ったの……あたしたちは、絶対に生き延びなきゃ……」


「……ねえ。これは、悪い夢なんだよね……? 起きたら、またお父さんにも会えるよね……?」


 母親はなにも言わず、ロゼを更に強く抱き寄せる。ロゼは涙を流すことすらできず、ただ暗闇の中で母親のぬくもりを感じていた――。



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