神々の遺跡 ⑥


 ——元々、スカイコロニーの人口はそこまで多くない。あの人型機械マキナがその気なら、空の民の全滅だってありえる。


(……でも、そのためにお父さんたちがいる……っ)


 ロゼは母親の手を握りながら、駆ける足を緩めない。


 逃げ惑う人々は、人工草原から伸びた道を、それぞれ別れて行動し始めた。

 母親が一度足を止める。それから、伸びた道の先をそれぞれ見比べ——。


「こっちよ!」

 

 とロゼの手を引いた。こっちの道は、ほんの数人しか向かっていない。ほとんどの人々は、別の道へ向かったのに。


 けれどロゼは、母親を信じる他なかった。母親について行けば、助かる。そう確信していた。


 基地からどれだけ離れただろう。前を駆けていた数人の集団はすでに見えなくなっている。小さなロゼにペースを合わせるとなると、どうしても遅くなってしまうのだ。

 やがて、丘の上に巨大な屋敷が見えてきた。あそこに身を隠すとしよう。


 恐らく、先を行っていた集団はここにたどり着いているはず。母親が扉をノックすると、中から声が聞こえてきた。


「おい! 多分、後ろにいた親子だ!」

「中に入れてあげましょうよ!」


 その後で、この屋敷の主らしき男の声が扉越しに響いた。


「まったく、ここは施設じゃないんだぞ! ったく……もう構わん! 入れてあげろ!」


 扉が開くと、ロゼはもう一度だけ基地の方を振り返った。この丘からは、離れた基地の様子がよく見える。基地ではまだ戦闘が続いているようで、時折爆炎が立ち昇っていた。


 母親に押し込まれるようにして中へ。背後で、若い女性が扉に鍵を閉める。


 とても広い屋敷だ。天井に吊るされたシャンデリアに、床は大理石が敷き詰められている。壁には誰かわからない肖像画がいくつも掛けられ、高価そうな造形品が並んでいた。

 

 階段を上った先で、ふくよかな中年男性がこちらを見下ろしていた。清潔なスーツに身を包み、葉巻を燻らせている。黒髪をオールバックにしており、瞳は黒と蒼のオッドアイ。いかにも権力者、といった風貌だ。


 ロゼの左側には、パーマのかかった黒髪に、同じくオッドアイの青年が立っていた。ロゼへ、「怪我はないかい?」など優しい言葉を掛けている。先にロゼたちを屋敷へ入れようと提案したのも彼だろう。


 それから、先程扉を閉めた若く美しい女性。黒の長髪にオッドアイの、細身の女性だ。この女性もロゼへウィンクしてみせると、「大変でしたね」と母親と話し始めた。


 最後に、壁に背中を預け、じっとこちらを見ている三十代前半の男。黒髪を切りそろえたオッドアイの男だ。男はロゼと視線が合うや否や、そっぽを向いてしまった。


 階段の上で、貴族の男がふんと鼻を鳴らす。


「ふん。さあ、まずは自己紹介といこうじゃないか――」


 それから、簡単に自己紹介を始めた。

 貴族の男――ケイリッド。

 若く美しい女性――クレア。

 優しい青年――アラン。

 寡黙な謎の男――モーラン。

 そしてロゼと母親の二人だ。


 ケイリッドに案内され、六人は客間へと向かった。客間は壁が赤く塗られていて、ソファやテーブル、イスも綺羅びやかなものばかりだった。


 各々が席に着く。貴族のケイリッドは窓際で葉巻を燻らせながら、口火を切った。


「しかし、あの黒い人型機械マキナはなんなんだ? なぜ、我々を襲う?」


 それには優しい青年のアランが応えた。


「地上の奴らじゃないか? 奴らも、人型機械マキナの技術を研究しているって聞いたんだ」


「……でも、それならどうして一人で来たのよ?」

 

 これは若い女性、クレアだ。


 ついで、ケイリッドが煙を吐き出しながら、


「俺の考えじゃ、奴は地上の奴とは関係ない。お嬢さんが言っていた通り――」

「クレアよ」

「ちっ。……クレアが言っていた通り、ここを制圧する気なら部隊を引き連れて来るはずだ。それに、あんな精密な人型機械マキナは見たことがないぞ」


「じゃあ、なんなんだよ、あれは?」


 アランが好奇心で問うが、ケイリッドはきっぱりとこう言った。


「知るか。いずれにせよ、スカイコロニーを襲撃するなんて馬鹿なやつだ。今頃、粉々に破壊されているかもな」


 ロゼが部屋中に視線を配っていると、またしても寡黙な男モーランと目があった。モーランは扉の傍で腕を組んで立っているだけだ。


 対して気にすることもなく、ロゼは視線を落とす。


 ケイリッドの言うように、もしかしたら戦闘は終わっているかもしれない。いくらあの人型機械マキナが強そうだからと言っても、数はこちらのほうが上だ。それに――お父さんもいる。


 最後に、ケイリッドがこう締めくくった。


「とにかく、軍の指示を待とう。安全だとわかるまでは、外に出ないほうがいい。気長に待つことだな」


 ケイリッドは意外と気が利くようで、それぞれに個室を用意してくれた。もちろん、ロゼと母親は同じ部屋だ。


 緊張が解けたのか、ロゼが眠そうに目元をこする。その様子を見て、母親はくすりと笑った。


「少し寝たら? こんなふかふかのベッドで寝れる機会なんて、そうそうないわよ!」


 こんな状況でも、母親は明るい。ロゼは、自分のために明るく振る舞っているのだと気づいていた。

 本来なら、戦場に残った夫――ロゼの父親のことが心配なはず。だがわざと、その感情を押し殺している。


「……少しだけ、寝るね。起きたら、元通りになっているかなぁ?」


「もちろん。こんなの、悪い夢なんだから」


 それから、ロゼはすぐに寝息を立てて夢の中へと誘われた。

 夢の中では、いつもと同じ景色を見た。父親と母親とロゼの三人で、他愛もない会話をしている日常を。


 ――けれど、現実は上手くいかない。


 夜になっても、軍から指示が出ることはなかった――。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る