神々の遺跡 ⑤

 

 セレモニーが行われるのは、人型機械マキナが保管された軍事基地だ。

 滑走路の端には人だかりができており、二足歩行で歩く灰色の人型機械マキナを歓声と共に出迎えている。

 時刻は正午。嫌になる程晴れた日だった。


「……お父さんの機体、あれだ」


 母親の隣で、ロゼがぼそりと呟く。視線は、左肩に「7」と刻まれた人型機械マキナへと向いていた。


 母親が何も応えないので、ロゼはもう一度、


「みんな、喜んでるね。戦いに勝つのって、そんなに嬉しいことなの?」


「そんなことないわ。誰かが死んでるんだもの」


 見上げた母親の表情は、空とは真逆に曇っているようだった。

 「1」から「9」までの人型機械マキナが整列し終えると、滑走路に備え付けられたスピーカーから男の声が聞こえてきた。


『——空の民たちよ! そこに並ぶは、勇敢な戦士たちだ。歓声と共に迎えていただき、感謝する』


 すると、これまでと比べ物にならない歓声が湧き上がった。声の主は、この基地で一番偉い人のものらしい。


『我々はついに、地上の一部を手にすることができた。空へ逃げた我々が、だ。この意味がわかるか?』


 またしても歓声。声は続ける。


『これから、我々は地上を支配する。神に選ばれた我々が! 今日は、その第一歩を祝うセレモニーだ。存分に楽しんでくれ』


 と、どこからか花火が打ち上がった。セレモニー開始の合図だろう。

 花火が何度か打ち上げられる。人々は空を見上げていた。

 ロゼもまた同じだった。微笑みながら空を仰ぎ見て——。


「……あれ、なんだろ」


 スカイコロニーの外——ドーム越しに見える空の一部に、黒い点のようなものが見えた。ロゼ以外にも気づいた者がいるらしく、ざわめきが伝播し始める。


 その黒点はどんどん大きくなっていく。……いや、近づいている。ロゼたちがいるこの場所へ向けて、一直線に。


 それは——滑空しこちらへ向かってくる黒い人型機械マキナだった。


「ロゼっ!!!!」


 母親がロゼを庇うべく、体を目一杯使って抱きしめる。視界すら覆われ、ロゼは聴覚からしか情報を得られなかった。


 ガラスの破砕音——ドームが割れる音だ。


 それから、砕け落ちたドームの破片が地面にぶつかり、再度砕け散る音。このスカイコロニーを取り囲む巨大なドームだ。その破片といえど、かなりの大きさなのは明確。ドームの破片が地面に落ち砕ける音は、連続して続いた。それはロゼの近くの地面からも聞こえてきた。


 母親はより一層ロゼを抱きしめる。母親の抱擁は、この状況をロゼに見せないようにしているようだった。


 続いて、張り裂けるような悲鳴が耳をつんざいた。

 いったいなにが起きているのか、ロゼだけはさっぱり理解できていない。

 夫の名前を叫ぶ老婦人。母親を呼び、泣き叫ぶ子供。いったいなにが——。

 


「お母さん、苦しいよ……!」


 ようやくロゼは母親を押し退けた。母親がロゼを呼び止めるが、手遅れだった。


 掠れた声を絞り出すロゼ——。


「……なに、これ」


 アスファルトの地面には、ドームの破片が散らばっている。そして、いくつもの血溜まりもできていた。

 ドームの破片で、体を貫かれた死体が無数に転がっている。上半身と下半身が真っ二つになっている死体――あれはローナあばさんだ。昨日、のんびりと日向ぼっこをするおばさんを見た時は、こんな無惨な姿になるなんて予想だにしなかった。

 それから、ジャックとアリアという若い夫妻。彼らも破片に貫かれていた。確かアリアは、もうすぐ出産を迎えるはずだったのに――。


 他にも、知り合いの死体をいくつも見つけた。ロゼは、初めて目の当たりにする「死」という光景に、ただ呆然と立ち尽くしている。


 それから、ロゼはようやく地面から視線を上げた。


 ――正面に、スカイコロニーの物とは別の、黒い人型機械マキナが背を向けて立っていた。他の人型機械マキナよりも一回り大きい。

 全身漆黒に覆われ、背中には機械の翼のようなものが見える。ブースターは背中に巨大なものが二つ。胴体は分厚く、妙な圧迫感があった。

 そして、黒い人型機械マキナがこちらへ振り向く。

 

 鳥のクチバシのように、やや前へ突き出した頭部。真紅の起動ランプが、ロゼを睨みつけているようだった。


「あ……う……」


 ロゼは震える体に力を込め、逃げようとした。けれど、恐怖で体が動かない――。


『逃げろ!!』


 直後、スカイコロニーの人型機械マキナの一つから、声が聞こえてきた。「7」の機体――ロゼの父親の声だった。


 スカイコロニーの人型機械マキナ部隊が、黒い人型機械マキナを包囲し始める。すると、生き延びた住民たちが、狂乱し一斉に逃げ出した。中には、愛する人の死体の傍に座り込んでいる人もいた。


「ロゼ、逃げるよっ!!」


 母親に手を引かれ、ようやくロゼも足を動かすことができた。住民たちの流れに沿って、母親の手を放すことなく駆けていく。


「でも、お父さんが……っ」


「お父さんは大丈夫! あんな奴に負けたりしないわ!」


 振り返ることもできず、ロゼはただひたすらに足を動かす。

 背後から戦闘音が聞こえてきたのは、そのすぐ後だった。


 ――これが、スカイコロニー「最後の日」の始まりだった。


 

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