神々の遺跡 ④
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——空が紅葉色に染まる黄昏時。
甘い花の香り。
視界を覆い尽くす煌びやかな花畑——。
「……ほら、もう行くわよ」
母親に呼ばれているというのに、黒髪の少女は目の前の花を指先で撫でながら、その場を動こうとしなかった。
少女——十歳ほどの少女は、膝を抱えたまま、左右色違いの瞳でじっとその花を見つめている。そしてなにを考えているのか、ふふっと微かに笑った。
「もう、置いていくわよ——ロゼ」
ロゼと呼ばれた少女は、最後に花をつんと突き、名残惜しそうに花畑を見渡してから母の元へと駆け出した。
「……お母さん、今日のごはんはなに?」
【——六年前、スカイコロニー】
——ロゼの家は、スカイコロニーの人工草原のど真ん中にある一軒家だ。
スカイコロニーは、その名の通り空に浮く要塞。それは雲の上に島ごと浮いているような、荘厳な見た目をしている。島全体が透明なドームに覆われ、コロニーへの出入りは正面口からしかできない。
ロゼは母親と共に家へ戻ると、リビングで本を読みながらくつろぐ父親を見つけ「あれ?」と首を傾げた。
「お父さん、どうして家にいるの? 仕事は?」
ロゼの父親——黒髪の短髪に黒と蒼のオッドアイを持った若い男性が、娘の心配そうな顔を見て苦笑した。
「仕事をクビになったんじゃないぞ、ロゼ。たまたま早く終わっただけだよ」
「……あの変な機械に乗るのが仕事なの?」
ロゼの純粋無垢な問いに、今度は母親が声をあげて笑った。母親は腰まで伸びた綺麗な黒髪をさらりと流した妖美な女性。こちらもまた黒と蒼のオッドアイだ。
「あははっ、それは言えてるわね! お父さんはね、小さい頃からあのヘンテコな機械に乗るのが夢だったのよ」
ロゼが、ふーん、と興味を示さないのをみて、父親は我慢できずに言い返した。
「お前たち、あれは変な機械じゃないぞ! あれは人型機械——マキナだ。機械の神様が我々空の民に授けてくれた技術。このスカイコロニーだって、そうなんだぞ」
ロゼは父親からそんな内容の絵本を読み聞かせられていたことを思い返していた。
地上が瘴気に汚染され始めた頃、突然機械の神様が現れて、ある巨大な島を空に浮かべ瘴気の汚染から救った。さらに戦闘に特化した機械——
……地上では、貴重な資源を巡って戦争がいたるところで起きていたから。
機械の神様は、空の民を世界の支配者として君臨させたかったのか? それはわかっていないらしい。
だがこれも、絵本の話だ。どこまでが真実でどこからが嘘なのかさっぱりわからない。ロゼは鵜呑みにすることだけは決してしなかった。
「ロゼも、一人前の操縦士になれると思うぞ。少し乗せただけで操縦をほとんど覚えるなんて、仲間たちも天才だと褒めていたしなぁ」
そう、ロゼは父親に連れられて同乗することもあった。もちろん、父親の膝の上でぼーっとしていただけ。戦闘に参加したわけではなく、ただのお遊びだ。
しかし、父親の言葉に、母親はいい顔をしていなかった。
「……それって、ロゼも軍人になるってことよね?」
「あ、いや……今だと、開拓用の
ロゼの父親は確かに軍人だ。開拓と言っても、地上に降りる必要がある。危険が付きまとうことに変わりはない。
「ロゼは、ここで幸せに暮らすのよ。結婚して子供も産んで、立派な母親になるの」
ロゼは母親に目配せをされても、なんと答えていいかわからなかった。将来の自分なんて想像したこともない。
「まあ……確かにロゼの人生だしな。でも、明日のセレモニーは来てくれるだろ? 地上で、ある街を制圧した。空の生活は不便なことも多いから、地上にも拠点が欲しいしな。これで、俺たちの生活はより豊かになるぞ」
「せれもにー……?」
小さく訊くと、
「コロニー全体でやるお祝いのことよ。戦いに勝ったから、祝いましょうってこと」
「私、行きたいな」
だが母親は、これもよく思っていないみたいだ。争いに勝つということは、誰かを殺してその場所を奪ったということ。それで祝うだなんて、死者が浮かばれない。
「……少しだけね」
娘の思いを踏みにじることなどできず、母親が渋々承諾する。
ロゼは少し嬉しそうだった。せれもにー、とやらはとても楽しそうだ。
そして翌日。コロニー全体で祝うセレモニーの日がやってくる。
……これが、スカイコロニーで過ごす最後の日になることも知らず、民衆は呑気に歓声を上げていた。
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